①原告の疾患は安定
②原告の感染リスク・重症化リスクの医学的裏付けなし
→被告に予見可能性なし
③原告の担当業務はその大半が在宅勤務困難(原告の出社がない限り薬事チーム全体の業務に支障を来しかねない)
④被告は上記の事情を原告に説明
⑤被告は通勤時の人混みを回避させるための特別措置としてスーパーフレックス及び自転車通勤を特例承認(一般の従業員には当然には認められていない)
→ 在宅勤務措置を講じなくても不法行為法上の違法性はない
→ かえって、有利な待遇上の配慮と認める
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3 争点(1)(在宅勤務の不承認等の被告の対応について合理的配慮義務違反及び安全配慮義務違反による不法行為が成立するか及び成立する場合の原告の損害額)について
(1) 本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務の懈怠を理由とする被告の不法行為の成否についてア 原告は、少なくとも令和2年3月及び4月の時点で、被告は、本件障害<HIV感染症による免疫機能障害>を有する原告が東京都心にある被告の本社に出社する際に生じる対人接触のリスクを回避させるため、原告に対し、リモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務(本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務)を負っていたから、被告がこれらの措置を講じず、また、本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことは、上記の注意義務を懈怠するものであって不法行為を構成する旨を主張する。
この点、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、当該労働者が業務の遂行に伴ってその生命及び健康等を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であるところ、かかる注意義務の具体的内容は、当該注意義務違反が問題となる事象ごとの具体的状況等に応じて定まるものと解すべきである。そして、障害者雇用促進法37条2項所定の「対象障害者」に該当する労働者について上記の注意義務の内容及び注意義務違反の有無を検討する際には、同法36条の3及び36条の4の趣旨並びに合理的配慮指針の内容に即し、当該労働者の障害の特性やその意向についても考慮することを要するものと解される。
以上を前提として、令和2年3月及び4月の時点で、被告が原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じなかったこと並びに本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことが上記の注意義務に違反したものとして不法行為を構成するか否かにつき、個別に検討する。
(ア) 前提事実等によれば、政府は、令和2年2月1日、新型コロナウイルス感染症を指定感染症に指定し、同月25日には感染拡大防止のための「基本方針」を公表したこと、日本国内では令和2年1月16日に最初の感染者が報告され、同年3月4日までに257例に増加するなど客観的にも感染が拡大していたこと、新型コロナウイルスの感染経路については、遅くとも令和2年3月6日までには、飛沫感染が主体と考えられ、接触感染や換気の悪い環境下での感染もあり得るという医学的知見が得られていたことなどから、同年2月25日に公表された「基本方針」において、公共交通機関の混雑緩和を通じて感染拡大の防止を図るため、感染防止対策の徹底やテレワークや時差出勤の呼びかけが行われ、同年3月1日には、新型コロナウイルス感染症対策本部からも、換気が悪く、密集した場所や不特定多数の人が接触するおそれが高い場所では、感染を拡大させるリスクが考えられるという報告がされていたことが認められる。
かかる諸事情を踏まえると、原告が、令和2年3月9日までに、本件疾病に起因する本件障害を有していたことを理由として、通勤時や就業場所において新型コロナウイルスに感染し易く、重症化しかねないという不安を抱き、被告に対して在宅勤務を含む感染防止措置の検討を求めたことはもとより自然な対応であると認められる。一方で、上記の時点において、新型コロナウイルス感染症については、平常時の通勤時間帯の公共交通機関のように特段の感染対策が施されないままに不特定多数人が密集するといった状況下においては感染の可能性があるが、頻回の換気や密集の回避あるいは衛生マスクの着用等といった感染防止対策が講じられている環境下であれば、感染可能性を一切否定することまではできないとしても、その危険性は低下するといった認識が一般化しつつあったといえ、少なくとも、かかる環境下であっても通勤時の公共交通機関の利用あるいは職場における労務提供の際に感染の危険性が高まるといった認識が医学的知見の裏付けをもって一般化していたとまでは認められない。
この点、令和2年3月当時、スポーツジム等の密閉空間における感染拡大が特に懸念されていたところ(書証略)、原告は首の疼痛緩和の目的でかねてから被告の福利厚生制度を利用して通所していたスポーツクラブに赴きパーソナルストレッチトレーニングを継続していたことが認められるが(書証略)、このような原告の行動は、その当時、感染防止対策が講じられた環境下であれば感染可能性は低減するという認識が一般化しつつあった旨の前示の認定に沿うものである。
(イ) 次に、前提事実等によれは、原告は、令和2年2月10日にA医療センターにおいてB医師から本件疾病及び本件障害に係る定期診断を受けたが、その際に受けた血液検査の結果は、CD4陽性細胞(CD4T細胞)数が685個/mm3(健常人は800~1200個/mm3)、HIV-RNA量は検出感度以下というものであり、免疫状態は安定し、ウイルス学的にも良好な状態が保たれていたこと、原告は、主治医のB医師から、原告の免疫力が健常者よりも低いことから、できるだけ人混みや不必要な外出を避けるよう指導されていたものの、日常生活上の行動制限や通勤及び就業の中止まで指示されてはいなかったこと、令和2年3月9日までの間に、本件疾病を有する患者が健常者に比較して新型コロナウイルスに感染し易く、あるいは感染後の重症化リスクが高いなどといった相互的な関連性が医学的なエビデンスに根拠づけられて提示されていたものではないことが認められる。
この点、B医師は、令和3年6月2日付けの意見書において、HIV感染者が新型コロナウイルス感染症にり患した場合は健常者に比較して重症化のリスクが高くなり、また、予後が不良となる可能性がある旨の意見を述べているが(前記1(6)エ)、前記事実等において認定したとおり、厚生労働省発行の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」に本件疾患(特にCD4T細胞<200/μLの場合)が「重症化のリスク因子かは知見が揃っていないが要注意な基礎疾患」として記載されたのは、令和2年6月17日発行の第2.1版が初出であり、また、同年4月3日に被告に提出されたB医師作成の本件診療情報提供書の記載内容から上記の趣旨を読み取ることはできないことからすれば、令和2年3月及び4月の時点において、本件疾病を有する患者が健常者に比して新型コロナウイルス感染症に罹患し易く、あるいは重症化し易いといった医学的知見が一般化していたとは認め難い。
以上の事情に前記(ア)の事情を併せると、被告において、原告が、同年3月9日の時点で、新型コロナウイルスに感染したり、感染した場合に重症化する蓋然性が基礎疾患のない健常者よりも高く、それゆえ、感染防止対策の内容のいかんを問わず、外出すること自体が忌避されるべき健康状態にあるという事柄に関して予見可能性があったとは認め難いものといわざるを得ない。
(ウ) さらに、前記事実等によれば、①被告は、令和2年2月21日以降、従業員に対し新型コロナウイルス感染症の予防を呼び掛けるとともに、同年3月1日以降、従業員に時差出勤プログラムを導入したほか、従業員用の衛生マスクの確保、消毒薬の社内設置及び会議室等へのアクリル製パーテーションの設置等の各種の感染防止策を講じていたこと、②原告は、令和2年1月頃以降、薬事チームに配属されて同チームが所管する業務のアシスタントとして就労していたが、原告の担当業務のうち在宅勤務により対応することが可能なものは一部にとどまり、その余の大半の業務は、被告の商品である香水、化粧品等の多数の製品の現物を取り扱う業務であったり、社外への持ち出しが禁じられている被告の機密情報を用いる作業であったため、在宅勤務により対応することが業務の性質上困難であったこと、③被告は、令和2年2月以降、原告に対し、上記②の事情により原告に在宅勤務を認めることは難しく出勤してもらう必要がある旨を説明した上で、通勤時の人混みを避けるための措置として、スーパーフレックス及び自転車通勤を特例で認める旨の措置を講じたことが認められる。そうすると、令和2年3月9日当時、被告が講じていた新型コロナウイルス感染症の感染防止策は、いずれも前記アにおいて認定した当時における新型コロナウイルス感染症の予防に関する一般的な認識に沿ったものであったといえ、原告の担当業務が在宅勤務に馴染まない性質のものであったことから在宅勤務は認めないという対応となったものの、前記(ア)の医学的知見を踏まえた感染防止策として、公共交通機関を利用した通勤時の混雑等から原告を回避させることを企図した特例措置を講じていたものと認めることができる。
(エ) 以上の検討を総合すれば、令和2年3月9日までの期間において、原告が本件疾病に罹患して本件障害を有していたとしても、本件疾患は治療によりコントロールされて就労に支障がない状態にあったといえ(なお、かかる認定は令和2年3月当時に原告が免疫機能障害2級の身体障害者手帳を保有し続けていたことを踏まえても直ちに左右されない(書証略)。)、原告が通勤や就業時の労務提供の際に新型コロナウイルスに感染する可能性や感染した場合に重症化する可能性が高かったことが医学的に裏付けられていたとはいえず、それゆえ、被告において、上記の事柄について予見可能性があったとは認められない。これに加えて、原告の担当業務は、その大半が在宅勤務で対応することが困難な業務であり、原告の出社が見込まれない限り薬事チーム全体の業務に支障を来しかねないものであり、被告は、上記の事情を原告に説明した上で、通勤時の人混みを回避させるための特別措置として、原告に対し、一般の従業員には当然には認められていないスーパーフレックス及び自転車通勤を特例として承認するという対応をしていたことも併せれば、被告において、上記の特例措置に加えて更に原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許すという措置を講じなかったとしても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難く、かえって、被告においては、原告の本件疾病や本件障害の特性に配慮して健常者である他の従業員よりも有利な待遇上の配慮をしていたものと認めるのが相当である。
ウ 令和2年3月10日以降の被告の対応について不法行為が成立するか。
前記事実等によれば、原告は、令和2年3月10日以降、風邪症状を理由に被告を欠勤し、同月16日以降も私傷病欠勤を続けたこと、その間、同月27日にはDに対して原告が出社できる環境にあるのかを問い質し、さらに、同月30日には、G本部長に対してもスーパーフレックスであっても出社は難しいなどとして打開策の検討を求めたこと、これに対し、C部長は、同年4月14日、原告と面談し、原告の体調や担当業務の性質に照らせば在宅勤務は認められないとして出社を求め(本件出社要請)、それでも出社できないというのであれば退職も検討してもらわざるを得ない旨を告げた(本件退職勧奨)こと、原告は、同月17日、被告代表者に対し、本件退職勧奨には応じられないとして、在宅勤務か他の部署への配置転換を検討するよう求めたことが認められる。
そこで、上記の経過に係る被告の原告への対応に関し、被告に在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反し、違法な本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことによる不法行為が成立するか否かについて検討する。
(ア) 前提事実等によれば、令和2年3月以降も国内においては新型コロナウイルス感染症の拡大傾向が続き、同年4月7日には東京都を含む7都府県で緊急事態宣言が発令され、同月11日には安倍内閣総理大臣から関係各所に対して7都府県の企業に「出勤者7割減」を要請するよう指示がされたことが認められる。これに前記イ(ア)の事実を併せると、同年4月14日までの間も、東京都内では新型コロナウイルスの感染拡大は続くばかりで、社会全体でより一層の感染予防対策を取る必要がある旨が認識されていたといえるが、新型コロナウイルスの感染予防に関する一般的認識の内容に特段の変化はなかったものと認められる。
(イ) 次に、新型コロナウイルス感染症と本件疾病との関連についてみると、前提事実等によれば、令和2年3月17日に厚生労働省から発行された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」の第1版において、重症化リスク因子となる基礎疾患の中に本件疾病に関する言及はなく、同月19日に公表された国連合同エイズ計画(UNAIDS)からのアナウンスでも、要旨、本件疾病と新型コロナウイルスへの感染リスクや重症化リスクとの関連を示すエビデンスはないとされ、同月20日に公表された米国健康福祉省による「DHHSによるHIV感染者のためのCOVID-19に関する暫定ガイダンス」においても、進行したHIV感染症の患者(CD4T細胞数<200/mm3)について、同趣旨の記載がされていることが認められる。以上によれば、同年4月14日までの時点においても、本件疾患を有していた原告について、新型コロナウイルスに感染する可能性や新型コロナウイルスに感染した場合に重症化する可能性が基礎疾患のない健常者よりも高いと判断する医学的な根拠は提示されていなかったものと認められる。
(ウ) さらに、原告の健康状態についてみると、前提事実等によれば、原告は、令和2年3月10日から風邪症状を訴えて被告を欠勤し、同月16日以降は私傷病欠勤を続けていたが、同月末頃には上記の症状は軽快し、同年4月3日頃には、本件障害に関しては十分な治療効果を認めており就業に支障を来すものではないが、現在の状況を鑑みると在宅でのリモートワークが望ましい旨が記載されたB医師作成の本件療養情報提供書が被告に提出されたこと、他方で、原告は風邪症状が軽快した後も新型コロナウイルス感染症への不安から私傷病欠勤を続けており、欠勤ないし療養を続けることが必要な状態にある旨の医師の診断等もされていなかったことが認められる。以上の事情に上記(ア)及び(イ)並びに前記イ(ア)及び(イ)の事実を併せれば、被告において、原告が、同年4月の時点で、新型コロナウイルスに感染したり、感染した場合に重症化する蓋然性が基礎疾患のない健常者よりも高く、それゆえ、感染防止対策のいかんを問わず、外出すること自体を忌避すべき健康状態にあるという事柄に関して予見可能性があったとは認め難いものといわざるを得ない。
(エ) さらに、令和2年3月及び4月中の被告の原告への対応をみると、前提事実等によれば、被告は、同年3月下旬以降、新型コロナウイルスの感染対策として、従前の施策に加え、従業員について在宅勤務プログラム及び自宅待機プログラムを導入したが、原告については担当業務の性質を理由に出社を求めることになるという説明をしていたこと、C部長は、原告の私傷病休暇が長期化していたことなどから同月14日に原告と面談を行い、その際、原告やB医師の説明から勤務可能であると判断される以上は私傷病休暇の対象とはならず、原告の担当業務は在宅勤務に馴染まないものであるから出社してもらう必要があるが(本件出社要請)、それでも原告が出社を拒むというのであれば、いずれかの段階で本件労働契約②の解除を検討せざるを得ず、その場合は無給のままとなる旨を説明した上で、同月末日に4月分賃金を満額支払った上で退職するという条件を提案して検討を求め(本件退職勧奨)、さらに、原告が被告代表者に対し直接在宅勤務の承認等を求めたことから、同月20日頃、原告に対し本件勤務改善指導書を交付したことが認められる。
以上の事情によれば、前記イ(ウ)において認定し説示したところと同様に、被告においては、当時における新型コロナウイルス感染症の予防に関する一般的な認識に沿った感染防止策を講じていたものの、原告の担当業務が在宅勤務に馴染まない性質のものであったことから在宅勤務及び自宅待機は認めず、原告において私傷病休暇の要件を欠くものとして本件出社要請をしたものと認められる。
(オ) 以上の検討を総合すれば、同年3月10日以降においても、原告の本件疾患は治療によりコントロールされて就労に支障がない状態にあり、原告の風邪症状も同月末には軽快していることから、同年4月1日以降は通勤及び就労も可能であったといえ(なお、B医師作成の本件診療情報提供書(同年4月2日付け)には「ただし、現在の状況を鑑みると、在宅でのリモートワークが望ましいと考えます。」と記載されているが、この部分も、当時の一般的に周知されていた感染拡大予防対策を図ることが望ましい旨をいう趣旨と解されるのであって、出社勤務が不相当である旨を述べる趣旨を含むとまでは解し得ない。)、また、原告が通勤や就業時の労務提供の際に新型コロナウイルスに感染する可能性や感染した場合に重症化する可能性が高かったことが医学的に裏付けられていたとはいえず、それゆえ、被告において、上記の事柄について予見可能性があったとは認められない。これに加えて、原告の担当業務の大半が在宅勤務に馴染まないものであったこと、被告において、一般の従業員には当然には認められていないスーパーフレックス及び自転車通勤を特例として承認するといった対応をしていたことも併せれば、被告において、これらの措置に加えて更にリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許すという措置を講じず、また、原告が特段の療養の必要もないままに欠勤を続けていたことを踏まえて原告に本件出社要請をしたとしても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難い。
また、前示のとおり、医学的見地からも原告は出社勤務が可能な状態にあり、かつ、原告の担当業務は原告が出社しなければ遂行し難いものであったところ、原告が新型コロナウイルスに感染することへの不安から出社に消極的な態度であったこと、本件退職勧奨が原告に退職を促す趣旨を含むとしても、出社に消極的な原告への対応の一つとして退職という選択肢を提示して原告の自発的な退職意思の形成を促すものにとどまるものであって、原告に不当な心理的圧力を加え、その自由な退職意識の形成を妨げるなど社会的相当性を著しく欠く態様で行われたともいえないことからすれば、被告が、原告に対し、原告が特段の療養の必要もないままに欠勤を続けるなど後の労務提供が期待し難い状況にあったことを踏まえて本件退職勧奨を行ったことについても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難いというべきである。
なお、原告は、被告代表者に対し、同年4月17日、在宅勤務を検討し、これが困難である場合には他部門に配置することを検討されたい旨を要望しているが、上記の検討に加え、前記1(5)ウ及び2において認定し説示したとおり、同月22日の合意退職により同月末日をもって本件労働契約②は終了しているから、この間において、被告において、原告に対し、在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務があったとは認められない。
エ 以上のとおりであるから、令和2年3月及び4月の時点で、被告が原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じなかったこと並びに本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことが本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に係る注意義務に違反したものとして不法行為を構成する旨の原告の主張は、いずれも採用することができない。
(2) 本件合理的配慮義務②の懈怠を理由とする被告の不法行為の成否について
略
(3) 本件合理的配慮義務③の懈怠を理由とする被告の不法行為の成否について
略
(4) 小括
以上によれは、被告において原告が主張する本件合理的配慮義務①ないし③及び本件安全配慮義務に係る注意義務を懈怠したとは認められず、かえって、被告においては、原告の本件障害の特性を踏まえて必要な対応を行っていたといえるから、被告の原告への一連の対応につき不法行為が成立するとは認められない。したがって、被告に対して不法行為に基づく損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
この点、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、当該労働者が業務の遂行に伴ってその生命及び健康等を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であるところ、かかる注意義務の具体的内容は、当該注意義務違反が問題となる事象ごとの具体的状況等に応じて定まるものと解すべきである。そして、障害者雇用促進法37条2項所定の「対象障害者」に該当する労働者について上記の注意義務の内容及び注意義務違反の有無を検討する際には、同法36条の3及び36条の4の趣旨並びに合理的配慮指針の内容に即し、当該労働者の障害の特性やその意向についても考慮することを要するものと解される。
以上を前提として、令和2年3月及び4月の時点で、被告が原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じなかったこと並びに本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことが上記の注意義務に違反したものとして不法行為を構成するか否かにつき、個別に検討する。
イ 令和2年3月9日の原告の在宅勤務の申入れに対する被告の対応について不法行為が成立するか。
前記第2の2の前提事実並びに前記1及び2において認定した事実(以下、これらを併せて「前提事実等」という。)によれば、原告は、令和2年2月27日以降、C部長、D及びEに対し、それぞれ新型コロナウイルス感染症の拡大傾向が続く中で本件障害により免疫力が健常者よりも著しく低い自分は会社からどのような配慮を受けることができるのかといった趣旨の問合せをし、同年3月9日にはFに対してテレワークなど人に接触せずに仕事をすることができないかを問い合わせたところ、同日、Fから、原告に在宅勤務の対応は予定がない旨の回答を受けたことが認められる。そこで、上記の経過に係る被告の原告への対応に関し、被告に在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反したことによる不法行為が成立するか否かについて検討する。
前記第2の2の前提事実並びに前記1及び2において認定した事実(以下、これらを併せて「前提事実等」という。)によれば、原告は、令和2年2月27日以降、C部長、D及びEに対し、それぞれ新型コロナウイルス感染症の拡大傾向が続く中で本件障害により免疫力が健常者よりも著しく低い自分は会社からどのような配慮を受けることができるのかといった趣旨の問合せをし、同年3月9日にはFに対してテレワークなど人に接触せずに仕事をすることができないかを問い合わせたところ、同日、Fから、原告に在宅勤務の対応は予定がない旨の回答を受けたことが認められる。そこで、上記の経過に係る被告の原告への対応に関し、被告に在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反したことによる不法行為が成立するか否かについて検討する。
(ア) 前提事実等によれば、政府は、令和2年2月1日、新型コロナウイルス感染症を指定感染症に指定し、同月25日には感染拡大防止のための「基本方針」を公表したこと、日本国内では令和2年1月16日に最初の感染者が報告され、同年3月4日までに257例に増加するなど客観的にも感染が拡大していたこと、新型コロナウイルスの感染経路については、遅くとも令和2年3月6日までには、飛沫感染が主体と考えられ、接触感染や換気の悪い環境下での感染もあり得るという医学的知見が得られていたことなどから、同年2月25日に公表された「基本方針」において、公共交通機関の混雑緩和を通じて感染拡大の防止を図るため、感染防止対策の徹底やテレワークや時差出勤の呼びかけが行われ、同年3月1日には、新型コロナウイルス感染症対策本部からも、換気が悪く、密集した場所や不特定多数の人が接触するおそれが高い場所では、感染を拡大させるリスクが考えられるという報告がされていたことが認められる。
かかる諸事情を踏まえると、原告が、令和2年3月9日までに、本件疾病に起因する本件障害を有していたことを理由として、通勤時や就業場所において新型コロナウイルスに感染し易く、重症化しかねないという不安を抱き、被告に対して在宅勤務を含む感染防止措置の検討を求めたことはもとより自然な対応であると認められる。一方で、上記の時点において、新型コロナウイルス感染症については、平常時の通勤時間帯の公共交通機関のように特段の感染対策が施されないままに不特定多数人が密集するといった状況下においては感染の可能性があるが、頻回の換気や密集の回避あるいは衛生マスクの着用等といった感染防止対策が講じられている環境下であれば、感染可能性を一切否定することまではできないとしても、その危険性は低下するといった認識が一般化しつつあったといえ、少なくとも、かかる環境下であっても通勤時の公共交通機関の利用あるいは職場における労務提供の際に感染の危険性が高まるといった認識が医学的知見の裏付けをもって一般化していたとまでは認められない。
この点、令和2年3月当時、スポーツジム等の密閉空間における感染拡大が特に懸念されていたところ(書証略)、原告は首の疼痛緩和の目的でかねてから被告の福利厚生制度を利用して通所していたスポーツクラブに赴きパーソナルストレッチトレーニングを継続していたことが認められるが(書証略)、このような原告の行動は、その当時、感染防止対策が講じられた環境下であれば感染可能性は低減するという認識が一般化しつつあった旨の前示の認定に沿うものである。
(イ) 次に、前提事実等によれは、原告は、令和2年2月10日にA医療センターにおいてB医師から本件疾病及び本件障害に係る定期診断を受けたが、その際に受けた血液検査の結果は、CD4陽性細胞(CD4T細胞)数が685個/mm3(健常人は800~1200個/mm3)、HIV-RNA量は検出感度以下というものであり、免疫状態は安定し、ウイルス学的にも良好な状態が保たれていたこと、原告は、主治医のB医師から、原告の免疫力が健常者よりも低いことから、できるだけ人混みや不必要な外出を避けるよう指導されていたものの、日常生活上の行動制限や通勤及び就業の中止まで指示されてはいなかったこと、令和2年3月9日までの間に、本件疾病を有する患者が健常者に比較して新型コロナウイルスに感染し易く、あるいは感染後の重症化リスクが高いなどといった相互的な関連性が医学的なエビデンスに根拠づけられて提示されていたものではないことが認められる。
この点、B医師は、令和3年6月2日付けの意見書において、HIV感染者が新型コロナウイルス感染症にり患した場合は健常者に比較して重症化のリスクが高くなり、また、予後が不良となる可能性がある旨の意見を述べているが(前記1(6)エ)、前記事実等において認定したとおり、厚生労働省発行の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」に本件疾患(特にCD4T細胞<200/μLの場合)が「重症化のリスク因子かは知見が揃っていないが要注意な基礎疾患」として記載されたのは、令和2年6月17日発行の第2.1版が初出であり、また、同年4月3日に被告に提出されたB医師作成の本件診療情報提供書の記載内容から上記の趣旨を読み取ることはできないことからすれば、令和2年3月及び4月の時点において、本件疾病を有する患者が健常者に比して新型コロナウイルス感染症に罹患し易く、あるいは重症化し易いといった医学的知見が一般化していたとは認め難い。
以上の事情に前記(ア)の事情を併せると、被告において、原告が、同年3月9日の時点で、新型コロナウイルスに感染したり、感染した場合に重症化する蓋然性が基礎疾患のない健常者よりも高く、それゆえ、感染防止対策の内容のいかんを問わず、外出すること自体が忌避されるべき健康状態にあるという事柄に関して予見可能性があったとは認め難いものといわざるを得ない。
(ウ) さらに、前記事実等によれば、①被告は、令和2年2月21日以降、従業員に対し新型コロナウイルス感染症の予防を呼び掛けるとともに、同年3月1日以降、従業員に時差出勤プログラムを導入したほか、従業員用の衛生マスクの確保、消毒薬の社内設置及び会議室等へのアクリル製パーテーションの設置等の各種の感染防止策を講じていたこと、②原告は、令和2年1月頃以降、薬事チームに配属されて同チームが所管する業務のアシスタントとして就労していたが、原告の担当業務のうち在宅勤務により対応することが可能なものは一部にとどまり、その余の大半の業務は、被告の商品である香水、化粧品等の多数の製品の現物を取り扱う業務であったり、社外への持ち出しが禁じられている被告の機密情報を用いる作業であったため、在宅勤務により対応することが業務の性質上困難であったこと、③被告は、令和2年2月以降、原告に対し、上記②の事情により原告に在宅勤務を認めることは難しく出勤してもらう必要がある旨を説明した上で、通勤時の人混みを避けるための措置として、スーパーフレックス及び自転車通勤を特例で認める旨の措置を講じたことが認められる。そうすると、令和2年3月9日当時、被告が講じていた新型コロナウイルス感染症の感染防止策は、いずれも前記アにおいて認定した当時における新型コロナウイルス感染症の予防に関する一般的な認識に沿ったものであったといえ、原告の担当業務が在宅勤務に馴染まない性質のものであったことから在宅勤務は認めないという対応となったものの、前記(ア)の医学的知見を踏まえた感染防止策として、公共交通機関を利用した通勤時の混雑等から原告を回避させることを企図した特例措置を講じていたものと認めることができる。
(エ) 以上の検討を総合すれば、令和2年3月9日までの期間において、原告が本件疾病に罹患して本件障害を有していたとしても、本件疾患は治療によりコントロールされて就労に支障がない状態にあったといえ(なお、かかる認定は令和2年3月当時に原告が免疫機能障害2級の身体障害者手帳を保有し続けていたことを踏まえても直ちに左右されない(書証略)。)、原告が通勤や就業時の労務提供の際に新型コロナウイルスに感染する可能性や感染した場合に重症化する可能性が高かったことが医学的に裏付けられていたとはいえず、それゆえ、被告において、上記の事柄について予見可能性があったとは認められない。これに加えて、原告の担当業務は、その大半が在宅勤務で対応することが困難な業務であり、原告の出社が見込まれない限り薬事チーム全体の業務に支障を来しかねないものであり、被告は、上記の事情を原告に説明した上で、通勤時の人混みを回避させるための特別措置として、原告に対し、一般の従業員には当然には認められていないスーパーフレックス及び自転車通勤を特例として承認するという対応をしていたことも併せれば、被告において、上記の特例措置に加えて更に原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許すという措置を講じなかったとしても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難く、かえって、被告においては、原告の本件疾病や本件障害の特性に配慮して健常者である他の従業員よりも有利な待遇上の配慮をしていたものと認めるのが相当である。
ウ 令和2年3月10日以降の被告の対応について不法行為が成立するか。
前記事実等によれば、原告は、令和2年3月10日以降、風邪症状を理由に被告を欠勤し、同月16日以降も私傷病欠勤を続けたこと、その間、同月27日にはDに対して原告が出社できる環境にあるのかを問い質し、さらに、同月30日には、G本部長に対してもスーパーフレックスであっても出社は難しいなどとして打開策の検討を求めたこと、これに対し、C部長は、同年4月14日、原告と面談し、原告の体調や担当業務の性質に照らせば在宅勤務は認められないとして出社を求め(本件出社要請)、それでも出社できないというのであれば退職も検討してもらわざるを得ない旨を告げた(本件退職勧奨)こと、原告は、同月17日、被告代表者に対し、本件退職勧奨には応じられないとして、在宅勤務か他の部署への配置転換を検討するよう求めたことが認められる。
そこで、上記の経過に係る被告の原告への対応に関し、被告に在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反し、違法な本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことによる不法行為が成立するか否かについて検討する。
(ア) 前提事実等によれば、令和2年3月以降も国内においては新型コロナウイルス感染症の拡大傾向が続き、同年4月7日には東京都を含む7都府県で緊急事態宣言が発令され、同月11日には安倍内閣総理大臣から関係各所に対して7都府県の企業に「出勤者7割減」を要請するよう指示がされたことが認められる。これに前記イ(ア)の事実を併せると、同年4月14日までの間も、東京都内では新型コロナウイルスの感染拡大は続くばかりで、社会全体でより一層の感染予防対策を取る必要がある旨が認識されていたといえるが、新型コロナウイルスの感染予防に関する一般的認識の内容に特段の変化はなかったものと認められる。
(イ) 次に、新型コロナウイルス感染症と本件疾病との関連についてみると、前提事実等によれば、令和2年3月17日に厚生労働省から発行された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」の第1版において、重症化リスク因子となる基礎疾患の中に本件疾病に関する言及はなく、同月19日に公表された国連合同エイズ計画(UNAIDS)からのアナウンスでも、要旨、本件疾病と新型コロナウイルスへの感染リスクや重症化リスクとの関連を示すエビデンスはないとされ、同月20日に公表された米国健康福祉省による「DHHSによるHIV感染者のためのCOVID-19に関する暫定ガイダンス」においても、進行したHIV感染症の患者(CD4T細胞数<200/mm3)について、同趣旨の記載がされていることが認められる。以上によれば、同年4月14日までの時点においても、本件疾患を有していた原告について、新型コロナウイルスに感染する可能性や新型コロナウイルスに感染した場合に重症化する可能性が基礎疾患のない健常者よりも高いと判断する医学的な根拠は提示されていなかったものと認められる。
(ウ) さらに、原告の健康状態についてみると、前提事実等によれば、原告は、令和2年3月10日から風邪症状を訴えて被告を欠勤し、同月16日以降は私傷病欠勤を続けていたが、同月末頃には上記の症状は軽快し、同年4月3日頃には、本件障害に関しては十分な治療効果を認めており就業に支障を来すものではないが、現在の状況を鑑みると在宅でのリモートワークが望ましい旨が記載されたB医師作成の本件療養情報提供書が被告に提出されたこと、他方で、原告は風邪症状が軽快した後も新型コロナウイルス感染症への不安から私傷病欠勤を続けており、欠勤ないし療養を続けることが必要な状態にある旨の医師の診断等もされていなかったことが認められる。以上の事情に上記(ア)及び(イ)並びに前記イ(ア)及び(イ)の事実を併せれば、被告において、原告が、同年4月の時点で、新型コロナウイルスに感染したり、感染した場合に重症化する蓋然性が基礎疾患のない健常者よりも高く、それゆえ、感染防止対策のいかんを問わず、外出すること自体を忌避すべき健康状態にあるという事柄に関して予見可能性があったとは認め難いものといわざるを得ない。
(エ) さらに、令和2年3月及び4月中の被告の原告への対応をみると、前提事実等によれば、被告は、同年3月下旬以降、新型コロナウイルスの感染対策として、従前の施策に加え、従業員について在宅勤務プログラム及び自宅待機プログラムを導入したが、原告については担当業務の性質を理由に出社を求めることになるという説明をしていたこと、C部長は、原告の私傷病休暇が長期化していたことなどから同月14日に原告と面談を行い、その際、原告やB医師の説明から勤務可能であると判断される以上は私傷病休暇の対象とはならず、原告の担当業務は在宅勤務に馴染まないものであるから出社してもらう必要があるが(本件出社要請)、それでも原告が出社を拒むというのであれば、いずれかの段階で本件労働契約②の解除を検討せざるを得ず、その場合は無給のままとなる旨を説明した上で、同月末日に4月分賃金を満額支払った上で退職するという条件を提案して検討を求め(本件退職勧奨)、さらに、原告が被告代表者に対し直接在宅勤務の承認等を求めたことから、同月20日頃、原告に対し本件勤務改善指導書を交付したことが認められる。
以上の事情によれば、前記イ(ウ)において認定し説示したところと同様に、被告においては、当時における新型コロナウイルス感染症の予防に関する一般的な認識に沿った感染防止策を講じていたものの、原告の担当業務が在宅勤務に馴染まない性質のものであったことから在宅勤務及び自宅待機は認めず、原告において私傷病休暇の要件を欠くものとして本件出社要請をしたものと認められる。
(オ) 以上の検討を総合すれば、同年3月10日以降においても、原告の本件疾患は治療によりコントロールされて就労に支障がない状態にあり、原告の風邪症状も同月末には軽快していることから、同年4月1日以降は通勤及び就労も可能であったといえ(なお、B医師作成の本件診療情報提供書(同年4月2日付け)には「ただし、現在の状況を鑑みると、在宅でのリモートワークが望ましいと考えます。」と記載されているが、この部分も、当時の一般的に周知されていた感染拡大予防対策を図ることが望ましい旨をいう趣旨と解されるのであって、出社勤務が不相当である旨を述べる趣旨を含むとまでは解し得ない。)、また、原告が通勤や就業時の労務提供の際に新型コロナウイルスに感染する可能性や感染した場合に重症化する可能性が高かったことが医学的に裏付けられていたとはいえず、それゆえ、被告において、上記の事柄について予見可能性があったとは認められない。これに加えて、原告の担当業務の大半が在宅勤務に馴染まないものであったこと、被告において、一般の従業員には当然には認められていないスーパーフレックス及び自転車通勤を特例として承認するといった対応をしていたことも併せれば、被告において、これらの措置に加えて更にリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許すという措置を講じず、また、原告が特段の療養の必要もないままに欠勤を続けていたことを踏まえて原告に本件出社要請をしたとしても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難い。
また、前示のとおり、医学的見地からも原告は出社勤務が可能な状態にあり、かつ、原告の担当業務は原告が出社しなければ遂行し難いものであったところ、原告が新型コロナウイルスに感染することへの不安から出社に消極的な態度であったこと、本件退職勧奨が原告に退職を促す趣旨を含むとしても、出社に消極的な原告への対応の一つとして退職という選択肢を提示して原告の自発的な退職意思の形成を促すものにとどまるものであって、原告に不当な心理的圧力を加え、その自由な退職意識の形成を妨げるなど社会的相当性を著しく欠く態様で行われたともいえないことからすれば、被告が、原告に対し、原告が特段の療養の必要もないままに欠勤を続けるなど後の労務提供が期待し難い状況にあったことを踏まえて本件退職勧奨を行ったことについても、本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に係る注意義務を怠ったものとして不法行為法上の違法性を帯びるとは認め難いというべきである。
なお、原告は、被告代表者に対し、同年4月17日、在宅勤務を検討し、これが困難である場合には他部門に配置することを検討されたい旨を要望しているが、上記の検討に加え、前記1(5)ウ及び2において認定し説示したとおり、同月22日の合意退職により同月末日をもって本件労働契約②は終了しているから、この間において、被告において、原告に対し、在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じる注意義務があったとは認められない。
エ 以上のとおりであるから、令和2年3月及び4月の時点で、被告が原告に対しリモートワークによる在宅勤務又は自宅待機を許す措置を講じなかったこと並びに本件出社要請及び本件退職勧奨を行ったことが本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に係る注意義務に違反したものとして不法行為を構成する旨の原告の主張は、いずれも採用することができない。
(2) 本件合理的配慮義務②の懈怠を理由とする被告の不法行為の成否について
略
(3) 本件合理的配慮義務③の懈怠を理由とする被告の不法行為の成否について
略
(4) 小括
以上によれは、被告において原告が主張する本件合理的配慮義務①ないし③及び本件安全配慮義務に係る注意義務を懈怠したとは認められず、かえって、被告においては、原告の本件障害の特性を踏まえて必要な対応を行っていたといえるから、被告の原告への一連の対応につき不法行為が成立するとは認められない。したがって、被告に対して不法行為に基づく損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
4 争点(2)(原告による解約告知又は合意退職により令和2年4月末日をもって本件労働契約②は終了したか)について
(1) 原告の退職の意思表示の有無について
被告は、原告が令和4年4月22日に被告本社においてG本部長と面談した際、G本部長に対し、同月末日をもって退職する旨の意思表示をした旨主張するところ、前記1(5)ウ及び2において認定し説示したとおり、原告は、令和2年4月14日のC部長との電話会議による面談及び同月17日に被告代表者宛に待遇の改善を直接求めたことに端を発して同部長から本件勤務改善指導書の交付を受けたことを踏まえ、同月22日、被告本社を訪問してG本部長と面談し、その際、家族と相談し、今回の自分の対応により会社に迷惑を掛けたことを反省し、同月末日をもって退職しようと考えている旨を伝え、G本部長もこれを承諾したことが認められる。以上によれば、原告が、G本部長に対し、同月22日、同月末日をもって被告を退職する旨の意思表示をし、G本部長がこれを承諾したことにより、同月末日をもって本件労働契約②は合意退職により終了したものと認めることができる。したがって、被告の上記主張は理由がある。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 原告は、労働者からの退職の意思表示の有無を判断するに当たっては、それが真意に基づくものであるかを慎重に検討すべきところ(最高裁平成25年(受)第2595号同28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁)、本件障害を有する原告は、新型コロナウイルスの感染が拡大しているという社会情勢の下で重大な健康被害が生じるおそれがあったにもかかわらず、被告から本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に違反して出勤を要請され(本件出社要請)、出勤できないのであれば退職するよう強要され(本件退職勧奨)、弁護士や労働組合による助力もなく、本件出社要請や本件退職勧奨の適法性やその利害得失を適切に判断することは困難な状況に陥った結果、勤務継続の強い希望を有していたにもかかわらず、退職の言質を取ろうとする被告への対応に窮して退職を拒絶できなかったものであるから、原告のG本部長やC部長に対する言動に退職の意思表示と受け止められるものがあったとしても、いずれも真意に基づかないものであったとして、本件労働契約②が合意退職により終了したとはいえない旨を主張する。
しかし、原告が指摘する最高裁判決は、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無について、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、労働者の意思決定の基礎となる情報を収集する能力に限界があることに照らし、当該労働条件の変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等といった事情を踏まえ、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるべきものと解するのが相当であるとしたものであるのに対し、本件のように退職の意思表示の有無が問題となる場面では、労働者は、退職により使用者の指揮命令下から離脱することになるのであって、退職に伴う不利益の内容を十分に認識し得るといえるから、本件は、上記の最高裁判決とは事案を異にするものといわざるを得ない。
この点を措くとしても、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告が本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に反する違法な出社命令や退職強要をしたとは認め難く、かえって、前記2のとおり、原告は、G本部長に対し、令和2年4月22日、同月末日をもって退職する旨を伝えた際、家族と相談し、会社に対して迷惑を掛けた今回の自分の対応を深く反省しており、同月末をもって退職を考えていると述べ、同月23日にC部長から退職意思の有無を確認されたのに対しても、上記と同様の説明をしていることからすれば、原告は、退職の意味を了知した上で本件労働契約②を解消しようとする意図をもって退職の申出をしたものと認められるのであって、そのような退職の判断に至った経緯及び動機についても特段不自然、不合理な点は見当たらない(なお、前提事実等によれば、原告は、令和2年4月23日に勤務態度を改める旨を伝えて本件勤務改善指導書をC部長に返送していることが認められ、このことは被告との雇用関係の継続を前提として勤務態度を改める旨を確約する趣旨ともいえるが、前示のとおり、原告は、本件勤務改善指導書を返送する前後において、G本部長及びC部長に対し退職の意思表示を明確に行っていること、C部長に退職の意思表示をした後、同月27日に原告代理人から当該意思表示の撤回の通知がされるまで退職の効力を争う旨の対応はされていないことに照らせば、原告が本件勤務改善指導書を返送したとしても、原告の退職の意思表示が真意に基づくものであるという前記認定を左右するに足りるものとは認められない。)。以上によれば、原告のG本部長に対する令和2年4月22日の退職の意思表示は、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したと認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、令和2年4月22日時点では、退職に係る条件について内容が定まっていなかったのであるから、原告と被告との間で退職合意は成立していない旨を主張する。
しかしながら、原告が、同日、G本部長に対して同月末日をもって退職を考えていると伝えた際に、退職に関して何らかの留保を付したことはうかがわれない。この点、前提事実等によれば、C部長は原告に対し同月23日に改めて合意解約条件案を書面で送付する旨を伝えたことが認められるが、C部長の上記の提案は、原告が同月末日をもって退職することを前提としたものであると認められるし、退職の意思表示の本旨は労働契約の解消にあるのであって、その点において原告とG本部長との間の退職合意の内容に欠缺や瑕疵はないといえるから、C部長の前示の対応は既に有効に成立した合意退職の効力を左右するに足りるものとは認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、令和2年4月27日に退職の意思表示を撤回したと主張する。しかしながら、前提事実等によれば、原告は、G本部長に対し、同月22日の面談において退職の意思表示をなし、G本部長がこれを承諾したことにより、同日をもって合意退職は成立したものと認められるのであって、他方で、原告が退職の意思表示を撤回したのは、その後の令和2年4月27日であるから、原告の退職の意思表示について撤回の効力を認めることはできないと解すべきである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は、被告から本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に反する違法な本件出社要請及び本件退職勧奨を受ける中で退職の意思表示をしたものであって、本件障害に基づき合理的な配慮を受ける権利があることや出勤か退職という二者択一の要求自体が違法であるという認識を欠いていたから、重要な要素に錯誤があった旨を主張する。
しかしながら、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告において、原告がG本部長に対し退職する旨伝えた同年4月22日までの間に、原告に対して在宅勤務及び自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反したとは認められず、本件出社要請及び本件退職勧奨が不法行為を構成すると認めることもできないから、原告の退職の意思表示の重要な要素に錯誤があったとは認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば、本件労働契約②は令和2年4月30日をもって合意退職により終了したと認められる。したがって、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める原告の請求は理由がない(なお、争点(3)は、本件労働契約②が上記同日に終了していない場合の被告の予備的主張であるから、別途、判断を要しない。)。
5 争点(4)(令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除の有効性及び令和2年5月以降の賃金請求権の有無並びにその金額)について
(1) 令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除に係る6万0928円の賃金請求の当否について
原告は、原告が労務提供できなかったのは、原告が在宅勤務の配慮を求めていたのに、被告が本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に違反して原告に在宅勤務を認めなかったためであって、原告の就労義務は被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったものであるから、原告は令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除がされた金額に相当する額の賃金債権を有する旨を主張する。
しかしながら、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告に本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務の違反は認められず、原告の就労義務が被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったとはいえない。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものというべきである。
この点をしばらく措くとしても、乙第15号証の1及び第39号証(書証略)によれば、被告の月例給与は末日締め当月25日払であり、給与計算期間(1日から末日まで)中に生じた欠勤等については、翌月の月例給与から控除されていることが認められ、そうすると、令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除は、同年3月中の原告の遅刻・早退及び欠勤に関する控除であると認められる(なお、令和2年4月欠勤分については本来的には同年5月分の月例給与から欠勤による過払賃金相当額が控除されることになるところ、被告は現在まで原告に対し当該過払金の返還を請求していない(書証略)。)。しかして、前提事実等によれば、原告は、同年3月10日から風邪症状を理由として被告を欠勤し、有給休暇がなくなった同月16日からは私傷病として欠勤していたのであるから、これらの原告の労務の不提供が被告の責めに帰すべき事由によるものと認める余地はなく、また、同月における原告の遅早退が被告の責めに帰すべき事由により生じたものであると認めるに足りる的確な証拠はない。
以上によれば、令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除については、被告の責めに帰すべき事由によるものとは認められず、原告においては上記の控除分に相当する労務を提供していない以上、原告は被告に対して上記の欠勤等控除相当額に係る賃金請求権を有しないものと認めるのが相当である。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(2) 令和2年5月以降の賃金請求権(賞与請求権を含む。)の有無及び額について
ア 原告は、被告に対し、令和2年5月以降の賃金等の支払を求めているところ、当該請求に係る訴えのうち、本判決確定日の翌日以降の賃金等の支払を求める部分については、地位確認を認容する判決確定後もなお賃金の支払がされない特段の事情があると認めるに足りる的確な証拠はなく、現時点において、上記の期間に係る賃金等をあらかじめ請求する必要性があるとは認められない。したがって、原告の賃金請求のうち上記の部分に係る訴え(遅延損害金請求に係る部分を含む。)は、訴えの利益を欠き、不適法であるから、却下されるべきである。
イ 原告は、令和2年5月以降も本件労働契約②に係る労働者としての権利を有する地位を有するから同月分以降の賃金請求権を有する旨を主張する。しかしながら、前記3において認定し説示したとおり、本件労働契約②は、令和2年4月末日をもって終了しているから、原告の被告に対する同年5月以降の賃金請求権は発生しない。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。
6 小括
以上のとおりであるから、原告の主張はいずれも採用することができず、争点(1)、(2)及び(4)に関する原告のその余の主張も、被告に本件合理的配慮義務①ないし③及び本件安全配慮義務の懈怠による不法行為は成立せず、本件労働契約②が令和2年4月30日をもって合意退職により終了し、原告において被告に対する賃金請求権を有しないとした前記3ないし5の認定判断を左右するに足りるものとは認められない。
第4 結論
よって、原告の本件請求に係る訴えのうち、本判決確定日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分はこれを却下し、その余の請求については理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(1) 原告の退職の意思表示の有無について
被告は、原告が令和4年4月22日に被告本社においてG本部長と面談した際、G本部長に対し、同月末日をもって退職する旨の意思表示をした旨主張するところ、前記1(5)ウ及び2において認定し説示したとおり、原告は、令和2年4月14日のC部長との電話会議による面談及び同月17日に被告代表者宛に待遇の改善を直接求めたことに端を発して同部長から本件勤務改善指導書の交付を受けたことを踏まえ、同月22日、被告本社を訪問してG本部長と面談し、その際、家族と相談し、今回の自分の対応により会社に迷惑を掛けたことを反省し、同月末日をもって退職しようと考えている旨を伝え、G本部長もこれを承諾したことが認められる。以上によれば、原告が、G本部長に対し、同月22日、同月末日をもって被告を退職する旨の意思表示をし、G本部長がこれを承諾したことにより、同月末日をもって本件労働契約②は合意退職により終了したものと認めることができる。したがって、被告の上記主張は理由がある。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 原告は、労働者からの退職の意思表示の有無を判断するに当たっては、それが真意に基づくものであるかを慎重に検討すべきところ(最高裁平成25年(受)第2595号同28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁)、本件障害を有する原告は、新型コロナウイルスの感染が拡大しているという社会情勢の下で重大な健康被害が生じるおそれがあったにもかかわらず、被告から本件安全配慮義務及び本件合理的配慮義務①に違反して出勤を要請され(本件出社要請)、出勤できないのであれば退職するよう強要され(本件退職勧奨)、弁護士や労働組合による助力もなく、本件出社要請や本件退職勧奨の適法性やその利害得失を適切に判断することは困難な状況に陥った結果、勤務継続の強い希望を有していたにもかかわらず、退職の言質を取ろうとする被告への対応に窮して退職を拒絶できなかったものであるから、原告のG本部長やC部長に対する言動に退職の意思表示と受け止められるものがあったとしても、いずれも真意に基づかないものであったとして、本件労働契約②が合意退職により終了したとはいえない旨を主張する。
しかし、原告が指摘する最高裁判決は、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無について、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、労働者の意思決定の基礎となる情報を収集する能力に限界があることに照らし、当該労働条件の変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等といった事情を踏まえ、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるべきものと解するのが相当であるとしたものであるのに対し、本件のように退職の意思表示の有無が問題となる場面では、労働者は、退職により使用者の指揮命令下から離脱することになるのであって、退職に伴う不利益の内容を十分に認識し得るといえるから、本件は、上記の最高裁判決とは事案を異にするものといわざるを得ない。
この点を措くとしても、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告が本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に反する違法な出社命令や退職強要をしたとは認め難く、かえって、前記2のとおり、原告は、G本部長に対し、令和2年4月22日、同月末日をもって退職する旨を伝えた際、家族と相談し、会社に対して迷惑を掛けた今回の自分の対応を深く反省しており、同月末をもって退職を考えていると述べ、同月23日にC部長から退職意思の有無を確認されたのに対しても、上記と同様の説明をしていることからすれば、原告は、退職の意味を了知した上で本件労働契約②を解消しようとする意図をもって退職の申出をしたものと認められるのであって、そのような退職の判断に至った経緯及び動機についても特段不自然、不合理な点は見当たらない(なお、前提事実等によれば、原告は、令和2年4月23日に勤務態度を改める旨を伝えて本件勤務改善指導書をC部長に返送していることが認められ、このことは被告との雇用関係の継続を前提として勤務態度を改める旨を確約する趣旨ともいえるが、前示のとおり、原告は、本件勤務改善指導書を返送する前後において、G本部長及びC部長に対し退職の意思表示を明確に行っていること、C部長に退職の意思表示をした後、同月27日に原告代理人から当該意思表示の撤回の通知がされるまで退職の効力を争う旨の対応はされていないことに照らせば、原告が本件勤務改善指導書を返送したとしても、原告の退職の意思表示が真意に基づくものであるという前記認定を左右するに足りるものとは認められない。)。以上によれば、原告のG本部長に対する令和2年4月22日の退職の意思表示は、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したと認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、令和2年4月22日時点では、退職に係る条件について内容が定まっていなかったのであるから、原告と被告との間で退職合意は成立していない旨を主張する。
しかしながら、原告が、同日、G本部長に対して同月末日をもって退職を考えていると伝えた際に、退職に関して何らかの留保を付したことはうかがわれない。この点、前提事実等によれば、C部長は原告に対し同月23日に改めて合意解約条件案を書面で送付する旨を伝えたことが認められるが、C部長の上記の提案は、原告が同月末日をもって退職することを前提としたものであると認められるし、退職の意思表示の本旨は労働契約の解消にあるのであって、その点において原告とG本部長との間の退職合意の内容に欠缺や瑕疵はないといえるから、C部長の前示の対応は既に有効に成立した合意退職の効力を左右するに足りるものとは認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、令和2年4月27日に退職の意思表示を撤回したと主張する。しかしながら、前提事実等によれば、原告は、G本部長に対し、同月22日の面談において退職の意思表示をなし、G本部長がこれを承諾したことにより、同日をもって合意退職は成立したものと認められるのであって、他方で、原告が退職の意思表示を撤回したのは、その後の令和2年4月27日であるから、原告の退職の意思表示について撤回の効力を認めることはできないと解すべきである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は、被告から本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に反する違法な本件出社要請及び本件退職勧奨を受ける中で退職の意思表示をしたものであって、本件障害に基づき合理的な配慮を受ける権利があることや出勤か退職という二者択一の要求自体が違法であるという認識を欠いていたから、重要な要素に錯誤があった旨を主張する。
しかしながら、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告において、原告がG本部長に対し退職する旨伝えた同年4月22日までの間に、原告に対して在宅勤務及び自宅待機を許す措置を講じる注意義務に違反したとは認められず、本件出社要請及び本件退職勧奨が不法行為を構成すると認めることもできないから、原告の退職の意思表示の重要な要素に錯誤があったとは認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば、本件労働契約②は令和2年4月30日をもって合意退職により終了したと認められる。したがって、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める原告の請求は理由がない(なお、争点(3)は、本件労働契約②が上記同日に終了していない場合の被告の予備的主張であるから、別途、判断を要しない。)。
5 争点(4)(令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除の有効性及び令和2年5月以降の賃金請求権の有無並びにその金額)について
(1) 令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除に係る6万0928円の賃金請求の当否について
原告は、原告が労務提供できなかったのは、原告が在宅勤務の配慮を求めていたのに、被告が本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務に違反して原告に在宅勤務を認めなかったためであって、原告の就労義務は被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったものであるから、原告は令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除がされた金額に相当する額の賃金債権を有する旨を主張する。
しかしながら、前記3(1)において認定し説示したとおり、被告に本件合理的配慮義務①及び本件安全配慮義務の違反は認められず、原告の就労義務が被告の責めに帰すべき事由により履行不能となったとはいえない。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものというべきである。
この点をしばらく措くとしても、乙第15号証の1及び第39号証(書証略)によれば、被告の月例給与は末日締め当月25日払であり、給与計算期間(1日から末日まで)中に生じた欠勤等については、翌月の月例給与から控除されていることが認められ、そうすると、令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除は、同年3月中の原告の遅刻・早退及び欠勤に関する控除であると認められる(なお、令和2年4月欠勤分については本来的には同年5月分の月例給与から欠勤による過払賃金相当額が控除されることになるところ、被告は現在まで原告に対し当該過払金の返還を請求していない(書証略)。)。しかして、前提事実等によれば、原告は、同年3月10日から風邪症状を理由として被告を欠勤し、有給休暇がなくなった同月16日からは私傷病として欠勤していたのであるから、これらの原告の労務の不提供が被告の責めに帰すべき事由によるものと認める余地はなく、また、同月における原告の遅早退が被告の責めに帰すべき事由により生じたものであると認めるに足りる的確な証拠はない。
以上によれば、令和2年4月分賃金に係る欠勤等控除については、被告の責めに帰すべき事由によるものとは認められず、原告においては上記の控除分に相当する労務を提供していない以上、原告は被告に対して上記の欠勤等控除相当額に係る賃金請求権を有しないものと認めるのが相当である。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(2) 令和2年5月以降の賃金請求権(賞与請求権を含む。)の有無及び額について
ア 原告は、被告に対し、令和2年5月以降の賃金等の支払を求めているところ、当該請求に係る訴えのうち、本判決確定日の翌日以降の賃金等の支払を求める部分については、地位確認を認容する判決確定後もなお賃金の支払がされない特段の事情があると認めるに足りる的確な証拠はなく、現時点において、上記の期間に係る賃金等をあらかじめ請求する必要性があるとは認められない。したがって、原告の賃金請求のうち上記の部分に係る訴え(遅延損害金請求に係る部分を含む。)は、訴えの利益を欠き、不適法であるから、却下されるべきである。
イ 原告は、令和2年5月以降も本件労働契約②に係る労働者としての権利を有する地位を有するから同月分以降の賃金請求権を有する旨を主張する。しかしながら、前記3において認定し説示したとおり、本件労働契約②は、令和2年4月末日をもって終了しているから、原告の被告に対する同年5月以降の賃金請求権は発生しない。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。
6 小括
以上のとおりであるから、原告の主張はいずれも採用することができず、争点(1)、(2)及び(4)に関する原告のその余の主張も、被告に本件合理的配慮義務①ないし③及び本件安全配慮義務の懈怠による不法行為は成立せず、本件労働契約②が令和2年4月30日をもって合意退職により終了し、原告において被告に対する賃金請求権を有しないとした前記3ないし5の認定判断を左右するに足りるものとは認められない。
第4 結論
よって、原告の本件請求に係る訴えのうち、本判決確定日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分はこれを却下し、その余の請求については理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
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