2023年4月21日金曜日

メガカリオン事件・東京地判R4.7.5・ジャーナル133-40

 配転命令無効 → 解雇無効

(1)争点(1)(本件配転命令の効力)について

ア Yの就業規則には、「業務の都合若しくは従業員の労務提供状況の変化により、必要がある場合は、会社は従業員に異動(配置転換【中略】含む。)を命じ【中略】ることができる。」との定めがある上、Xは、本件労働契約の締結に際し、「業務、職務、業務形態の変更、転勤等を命ぜられた場合はこれに従います。」との条項のある誓約書を作成してYに提出したものと認められるから、本件労働契約上、Yは、Xに対し配転命令権を有するものと認められる

これに対し、Xは、YがXを京都開発センター長という特定の地位に限定して採用し、担当する業務内容を京都開発センターのマネジメント業務等と定めた旨を主張する。

しかし、一般に、労働条件通知書(労働基準法15条)における「従事すべき業務に関する事項」(同法施行規則5条1項1号の3)は、雇入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りると解されているから(1999年1月29日基発45号参照)、労働条件通知書を兼ねる本件契約書の記載から、本件労働契約において、Xの職位を京都開発センター長に、職務を本件業務に限定する、すなわちXを京都開発センター長以外の職位に就かせず、かつ本件業務以外の業務を行わせないことまで合意したものとはいえない。

そして、本件労働契約の締結に際しかかる合意があったことを窺わせる具体的事実の主張立証はないから、本件業務の専門性やXの経歴、前訴においてYが「Yは、本件労働契約において、Xを京都開発センター長という特定の地位に限定して採用した」との主張をしていたことを考慮しても、本件労働契約においてXの職位を京都開発センター長に、担当業務を本件業務に限定する旨の合意があると認めることは困難である。

イ もっとも、使用者による配転命令権も無制約に行使することができるものではなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合は、当該配転命令は使用者が権利を濫用したものとして無効となると解される(労働契約法3条5項、最高裁1986年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

これを本件配転命令についてみると,Yは、配置転換の必要性として、京都開発センターの廃止後、Yの研究部門では、Xの就労を前提としない組織運営が定着していることを主張するところ、京都開発センターの廃止といっても、同センターで行われていた事業自体は継続され、Xが京都開発センター長として担っていた本件業務を各事業部門の部門長らに分掌させたにすぎずXの就労を前提としない組織運営が長期化したのは、Yが京都開発センターの廃止を理由にXの退職を一方的に推し進めた結果、前訴判決により退職合意の存在及び解雇の効力を否定されたことによるものであって、当該事由は配置転換の必要性として正当なものとはいい難い

また、Yは、Yの前CTOの退任に伴いリサーチアナリストの業務を担う人材が必要であることを主張するが、Yの主張立証によっても、従前は前CTOが取締役としての業務に従事しながら行っていたという当該業務をXに専従させる具体的な必要性が明らかでない上、Xはリサーチアナリストの業務を行った経験がなく、その適性も未知数であって、配置転換の合理性を認めることも困難である。 

以上に加え、Yが本件配転命令により就労を命じた業務は、(毎月30時間分の固定残業代を含むものとはいえ)月額117万円という高額な賃金を対価とするものであって、相当高度な専門性や成果が要求されるといえるところ、上記のとおり、Xはリサーチアナリストの業務を行った経験がなく、その適性も未知数である以上、かかる業務に従事する負担や適性不足を理由とする解雇のリスクも看過できないものがあるから、本件配転命令はYが使用者としての権利を濫用したものとして無効というべきである。

(1)2018年8月分から2020年11月分までの賃金の支払を求める請求について

Xは、本件労働契約に基づく賃金として、2017年8月分以降の通勤手当の支払を求めるところ、Xは、前訴において、本件労働契約に基づく賃金として、2018年8月分から判決確定日(2020年12月10日)まで月額117万円(本件契約書上の月額給与と一致する。)の支払を求めており、当該請求が一部請求であることを明示しなかったものと認められるから、その請求の全部につき勝訴の確定判決(前訴判決)を得た後に、当該請求が一部請求であると主張して残部の支払を求めることは許されないと解すべきである(最高裁昭和32年6月7日第二小法廷判決・民集11巻6号948頁参照)

したがって、2018年8月分から前訴判決の確定日までに支払期日が到来した2020年11月分までの賃金の支払を求める請求は、いずれも理由がない

(2)2017年8月分から2018年7月分までの賃金の支払を求める請求について

これらの賃金については、2021年3月3日の本件訴えの提起までに各支払期日から2年が経過しているから、仮に本件労働契約に基づく賃金の未払分が存在したとしても、Yの消滅時効の援用によりXの賃金請求権は消滅している(2020年法律第13号〔同年4月1日施行〕による改正前の労働基準法115条〔同改正附則2条2項〕)。

これに対し、Xは、前訴の提起及び前訴判決の確定により消滅時効が完成猶予・更新された旨を主張し、2017年法律第44号(2020年4月1日施行)による改正前の消滅時効の中断をいうものと解されるところ(同改正附則10条2項参照)、Xが前訴の提起により支払を求めたのは2018年8月分以降の賃金である以上、同月分より前の賃金については時効中断の効力は生じておらず、Xの主張は採用することができない

したがって、2017年8月分から2018年7月分までの賃金の支払を求める請求は、いずれも理由がない。

イ 通勤手当-争点(4)(通勤手当の支払義務の有無及びその額)について

(ア)一般に、通勤手当は、就労義務の履行に要する費用であり本来労働者において負担すべき(民法485条本文参照)交通費を補填する趣旨で、現に通勤に要する費用を賃金として支給するものであるところ、本件契約書における通勤手当の定め(「6か月定期で設定された通勤手当を支払う。」)は、これを合理的に解釈すれば、「Xが現に居住する地から就業場所まで公共交通機関を利用して通勤する場合において、当該住居の最寄りの駅又はバス停から就業場所の最寄りの駅又はバス停までの区間の6か月定期券の料金相当額を6か月に1回支給する。」との意味に解される。そして、Xが、Yの採用担当者に対し、本件契約書の作成に先立ち、「労働条件通知書兼労働契約書に記載する現住所ですが、東京都杉並区δ×-××-×-×××を記載するつもりでおります。単身赴任で京都に参ります。様々な書類の住所変更を避けるため、東京都の現住所を維持する予定です。京都の住居は二条駅の徒歩圏内を予定しております。7月には住居を確保する予定です。通勤手当申請書の住所記載については住民票のない京都の住所でも可能でしょうか。不都合であれば、通勤手当の支給は申請しなくても構いません。天候のよい日は徒歩で通うことを思案しております。」などと記載したメールを送信していること、前訴において、Xが賃金請求として通勤手当の支払を求めていないことに照らすと、本件労働契約における通勤手当は上記の趣旨のものと解するのが相当であり、Xの主張する、現実の通勤の有無を問わず支給されるべきものとして合意されたものとは認められない

そうすると、Xは、民法536条2項前段により、現に就労していない期間についても賃金請求権を有するが、Yによる出勤の免除、退職合意又は予備的解雇の主張及び本件配転命令により京都オフィスにおける就労(通勤)を免れている以上、同項後段により、通勤手当を請求することはできないというべきである。

2023年4月20日木曜日

ジャパンホリデートラベル事件・大阪地判R4.12.15・ジャーナル133-34

インバウンド需要蒸発による旅行会社の整理解雇 有効

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(1)人員削減の必要性について

ア Yは、海外からの訪日客に対する団体旅行や個人旅行の提供を主に取り扱っていたところ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、2020年2月には売上高が前年比23%と激減し、同年3月から本件解雇のあった同年8月までは前年比0%から1%の間で推移する一方で、同感染症拡大前の時点では、おおむね6000万円から7500万円の人件費、おおむね2200万円から3500万円の管理費を1か月当たり要していた。

以上によれば、Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって営業面で壊滅的な打撃を受ける一方で、そのままでは毎月約1億円の人件費及び管理費の支出が続くのであって、これらに加えて、Yが経費削減策等を講じた後もなお1か月当たり3600万円から6000万円程度の人件費及び管理費の支出を要していること、Yの貸借対照表の概要等を考慮すると、本件解雇の時点において、Yが人員削減によって業務全般に支障を来す部署を除いて各部署の4割から5割程度の人員削減を行ったことは、企業経営上のやむを得ない措置といえ、後記のとおりXの指摘する点を考慮しても、人員削減の必要性に欠けるところはない。

イ これに対して、Xは、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができない。

(ア)Xは、2020年7月にはGOTOトラベルキャンペーンが開始して国内旅行の需要回復が期待できる状況であったし、Yの売上は2020年9月には若干回復していたことからすると、整理解雇を行うほどの人員削減の必要性は認められない旨主張する。

しかし、Yの主要な業務は海外からの訪日客に対する団体旅行や個人旅行の提供であったことからすると、国内旅行の需要喚起旅策が講じられたことをもって、人員削減の必要性が減少したとはいえない。また、別紙1のとおり、Yの2020年9月の売上高は2291万1316円であったが、これでもなお前年のわずか2%であったのであるから、人員削減の必要性を左右するものとは到底いえない。したがって、Xの上記主張は、人員削減の必要性を左右する事情ではないから、採用することができない。

(イ)Xは、Yは、インバウンド需要が失われた2020年3月以降、国内旅行等の旅行事業を進めたり、他の新たな事業を準備したりしていたのであるから、整理解雇を行うほどの人員削減の必要性はなかったと主張し、これに沿うY従業員と思われる者のSNSの投稿記事を指摘する。

しかし、別紙1のとおり、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたのであるから、仮にYにおいて新規事業の準備をしていたとしても、これによって人員削減の必要性は左右されない。Xの上記主張は採用することができない。

(ウ)Xは、雇用調整助成金の特例措置は2020年8月以前から中小企業団体等から延長を求める要望が公表されていたことなどからすると、同措置の延長が不可避な社会情勢となっていたのであるから、Yは、希望退職を募集した後においても、雇用調整助成金の受給が見通せずに整理解雇をせざるを得なかった状況にはなかったと主張する。

しかし、Yは、2020年6月末頃から7月16日までの間に人員削減策を検討し、同月30日にはその実施を行う方針を伝えた上で、同年8月14日までに希望退職者を募集した上で同月25日に本件解雇をした一方、上記特例措置の期限を延長する旨の報道発表がされたのは同月28日であり、それまでには経済団体による延長要望が公表されていたにとどまる。したがって、本件解雇の時点では、上記特例措置が延長される予定であったとは認められない。また、Yが受給していた雇用調整助成金は休業手当の5分の4にとどまる一方で、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたことからすると、雇用調整助成金を受給していてもなお相応の人件費の支出が続いていたのであるから、本件解雇が上記特例措置の延長の有無を見極めずに行った早計なものであったともいえない。以上のとおり、Xの上記主張は、本件解雇における人員削減の必要性を左右する事情とはいえないから、採用することができない。

(エ)Xは、Yが作成した1か月当たり2000万円程度の人件費削減案は、その金額に根拠がない旨主張する。

しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大後、Yの1か月当たりの営業利益はマイナス1億円からマイナス4000万円の間で推移していたところ、上記感染拡大前のYの1か月当たりの管理費はおおむね2200万円から3500万円、人件費はおおむね6000万円から7500万円であった。そうすると、Yの人件費削減案は1か月当たりの人件費をおおむね3分の2に削減するというものであるが、この削減幅は上記営業損失額の半分にも満たないものであり、管理費の削減を行ったとしても上記営業損失額すら補うことができないことは明らかである。そうすると、Yの行った2000万円の人件費削減案が不要であったとはいえないから、根拠を欠くものとはいえない。Xの上記主張は採用することができない。

(オ)Xは、雇用調整助成金を受給する中で2000万円程度の人件費削減が必要であったと考え難く、解雇によって雇用調整助成金の助成率が減ることについても検討していないから、本件解雇について人員削減の必要性は認められない旨主張する。

しかし、上記特例措置が本件解雇より前の時点で延長される予定であることが判明していたとは認められないから、同措置が同年10月1日以降も継続する前提で人員削減の必要性について検討することはできない。また、Yが受給していた雇用調整助成金は本件解雇前から休業手当の5分の4にとどまっており、本件解雇によって助成率が減ったとも認められない。したがって、Xの上記主張は、前提となる事実が認められないから、採用することができない。

(カ)Xは、大阪事務所及び福岡事務所の賃貸借契約の解除は2020年7月31日にされたところ、Yは、それよりも前に人員削減案を作成していたのであるから、本件解雇は事務所移転による経費削減の効果を考慮しておらず、この点において人員削減の必要性を欠いている旨主張する。

しかし、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたことに加えて、従前の賃貸借契約を解除して新たな賃貸借契約を締結し、事務所等を移転することには一定の時間を要するものと認められることからすると、あらゆる経費を早期に削減することが必要という判断の下に人件費と事務所移転による経費削減を並行して進めたことが不合理であるとはいえない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって人員削減の必要性を左右するものではないから、採用することができない。

 (2)解雇回避努力について

ア Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けた売上の急激な減少を受けて、本件解雇までの間に、空港内の案内カウンターや店舗の賃料の約2割の減額を受け、事務所を賃料のより安い場所に移転して1か月当たり約175万円の賃料を削減するなどの管理費の削減を行ったほか、2020年3月12日には休職や休業をしながら少ない人数で業務を行い、退職する場合には会社都合による退職とする旨を示し、同年4月以降は雇用調整助成金の受給を受ける一方で、Y代表者の報酬を2割、監査役の報酬を3割削減するなどの役員報酬の減額をし、同年7月末から同年8月17日まで配置転換を実施しつつ希望退職を募集し、その一方で2021年度新卒採用手続を中止し、希望退職が予定数に満たないことを受けて退職勧奨を行った。以上のとおり、Yは、売上が急激に減少するという企業経営上困難な状況において、管理費の削減を行いながら、休業や雇用調整助成金の利用、希望退職の募集等を順次実施しているのであるから、解雇回避に向けた措置を講ずるという信義則上の義務を果たしたものといえる。

イ これに対して、Xは、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができない。

(ア)Xは、2000万円の人件費削減の必要性は明らかでない一方で、Yが行った役員報酬や賃料の減額はごくわずかにすぎないとして、解雇回避努力を怠った旨を主張する。

しかし、Yの行った2000万円の人件費削減案が不合理であったものとはいえない。また、

〔1〕Yが行った役員報酬の減額は金額にして1か月当たり数十万円程度であり、この金額の人件費削減案の総額に占める割合は大きいものとはいえないものの、各役員についてその報酬額の二、三割を減額したものであるから、解雇回避努力の履行として、役員報酬の減額に不足があるとはいえない。また、

〔2〕空港内の案内カウンターや店舖の賃料の減額幅は1か月当たり合計9万3244円と多額とはいえないが、羽田空港では20パーセント、関西国際空港では約25パーセント、那覇空港では約19パーセントという相応の割合の減額を受けているのであって、金額の少なさをもって解雇回避努力を尽くしていないとはいえない。そして、

〔3〕事務所の家賃はそれまで423万4198円を要していたところ、2021年1月以降は249万1850円で足りることとなり、1か月当たり174万2348円を削減することになりこれは新型コロナウイルス感染症拡大前の管理費(1か月当たりおおむね2200万円から3500万円)の約5パーセントから8パーセントに当たり、相応の解雇回避努力を尽くしたものといえる。

以上によれば、Yが行った役員報酬や賃料の減額は、相応の割合を減額したもの(上記〔1〕、〔2〕)や管理費全体の削減に寄与するもの(上記〔3〕)であるから、解雇回避のために必要な措置をとったものといえる。Xの上記主張は採用することができない。

(イ)Xは、Yが実施した希望退職の募集は、募集期間は約2週間と短く、特別条件も給与の50%にとどまるものであって、従業員の任意の退職へと誘導するための十分な条件を提示したとはいえない旨主張する。

しかし、Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって営業面で壊滅的な打撃を受け、その状況の好転がうかがわれない状態であることからすると、希望退職の募集に向けた期間を長期間とる余裕があるとはいえないし、そのための金銭的な条件が不十分であったと評価することはできない。したがって、Xの上記主張は、指摘する点をもって解雇回避努力を怠ったとはいえないから、採用することができない。

(ウ)Xは、雇用調整助成金の特例措置の延長の有無を確認した後で整理解雇の要否を判断してもYに過大な負担は生じないのであるから、Yは雇用調整助成金の特例措置の延長の可能性を排除して整理解雇を行った点において、解雇回避努力を怠ったと主張する。

しかし、本件解雇の時点では、上記特例措置が延長される予定であることが判明していたとは認められないし、これを考慮しなければならないほどの事情があったとはいえない上、本件解雇が上記特例措置の延長の有無を見極めずに行った早計なものであったともいえないから、Xの上記主張は採用することができない。

(エ)Xは、Yは整理解雇を予定していたにもかかわらず全従業員向けの懇親企画を実施したことからすると、解雇回避努力を行ったとは認められない旨主張する。しかし、上記企画への支出額は31万3675円であり、37名が参加したことからすると1名当たりの金額は約8500円にとどまること、上記支出は定期的な支出ではなく1回限りの支出であることからすると、経費削減に取り組む中での従業員に対する慰労の域を超えて解雇回避努力を怠ったものとは評価できない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって解雇回避努力の履践を左右するものとはいえないから、採用することができない。

(オ)Xは、Yでは2020年6月に1名、同年7月に1名、同年9月に1名の契約社員を正社員に登用した上、本件解雇後に新規採用活動を開始していることからすると、本件解雇時には人員整理の必要性がないか、解雇回避努力を怠った旨主張する。

しかし、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっており、これが人員削減を要しないほどに好転する見通しがあったとはいえないことからすると、Xが指摘する事情をもって人員削減の必要性がないとはいえない。また、Xが指摘する採用活動は同年12月以降であり、募集している人員も人員削減策を講じる際に人員削減をすることができなかった人事総務部や新規事業のマーケティング、2021年3月以降に実施した2022年度新卒採用であり、本件解雇から半年以上経過した経理部門とは異なる部門の求人や本件解雇から相当先の求人であることからすると、このような新規採用活動をしたからといってXに係る解雇回避努力を怠ったものとはいえない。そして、Y経理部においては本件解雇前である2020年6月、7月及び本件解雇後の同年9月に1名ずつ契約社員から正社員に登用されているが、Y経理部においては契約社員か正社員かで仕事の割り振りを行っていないことからすると、契約社員から先に人員削減措置を講ずべき義務がYにあるとまではいえない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって人員削減の必要性や解雇回避努力の有無を左右する事情とはいえず、採用することができない。

(3)人選の合理性について

ア Yは、人数が少なく人員を削減すると会社業務全般に支障を来す部署(人事総務部、システム部及び名古屋事務所)を除き、各部署の4割から5割程度に当たる合計55名(経理部は7名)の人員削減を行うこととし、経理部においては、

〔1〕会計伝票の登録数によって仕事量を比較し、

〔2〕簿記資格の有無又は資格取得に向けた姿勢の有無によって専門性の高さを比較し、その上で、

〔3〕他の従業員により代替困難な業務に従事していない者を整理解雇の対象としており、

これらは経理部内における業務に関連する指標を用いて被解雇者を選定するものであって合理的なものであるといえる。

そして、別紙3のとおり、育休取得者(3名)、希望退職応募者(2名)及び退職勧奨応諾者(1名)を考慮すると、経理部内においては1名の整理解雇を行うところ、Xは、

〔1〕会計伝票の登録数は本部長であるCを除くと最も少なく、

〔2〕本件解雇時において簿記資格を有しない(すなわち、育休取得者、希望退職応募者及び退職勧奨応諾者を除くと、簿記資格を有しない者はXを含む3名であり、このうち会計伝票の登録数がより少ない者はXである。)。そして、

〔3〕Xの業務内容は代替困難な業務ではない。

そうすると、XはYの設定した選定基準に沿うと被解雇者に該当するのであって,Xの指摘する点を考慮しても、人選の合理性に欠けるところはない(なお、Y経理部においては本件解雇前後に3名の契約社員が正社員に登用されているが、Y経理部においては契約社員か正社員かで仕事の割り振りを行っていないことからすると、契約社員から先に人員削減をしなかったからといって、人選の合理性を欠くとはいえない。)。

イ これに対して、Xは、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができない。 

(ア)Xは、人員削減案においてYの経理部の人員を14名から7名にする必要性について何ら明らかにされておらず、被解雇者の人選において異なる部署の従業員同士を比較した形跡がないとして、これらを行っていない本件解雇は解雇の必要性又は人選の合理性を欠く旨主張する。

しかし、Yが人員削減によって業務全般に支障を来す部署を除いて各部署の4割から5割程度の人員削減を行ったことは企業経営上のやむを得ない措置である上、部署ごとの人員削減の割合にも偏りがないから、恣意的に特定の部署の人員を削減したものとはいえず、被解雇者の人選の方法として一定の合理的な理由があるものといえる。そして、異なる部署の従業員同士を比較して被解雇者を選定することは、部署間で人員削減の対象者の割合に偏りを生じさせるものであるから、これを行わなかったからといって、被解雇者の人選において行うべきことをしなかったと評価することはできない。したがって、Xの上記主張は、指摘する点をもって人選の合理性を左右するものではないから、採用することができない。

(イ)Xは、Yの経理部の従業員間で業務内容が異なり、業務によって会計伝票の登録頻度が異なるから、会計伝票の登録数を仕事量の判断基準とすることは誤りである旨主張する。

しかし、会計伝票の登録数は、仕訳や勘定科目等の経理特有の知識に基づく事務処理の数を示す値であるから、経理業務に係る業務量を測る指標として一定の合理的な根拠を有する客観的な指標であるといえる。したがって、Xの上記主張は、Xの指摘する点をもって会計伝票の登録数が基準として誤りであるとはいえないから、採用することができない。

(ウ)Xは、Yでは簿記資格受験者に対する受験費用の援助や資格取得者に対する手当支給はないし、資格取得についての報告義務もなく、簿記資格取得が推奨されていなかった以上、簿記資格の有無や資格取得に向けた姿勢を判断基準とすることは誤りである旨主張する。

しかし、経理部門における整理解雇による場合の被解雇者について、経理担当者としての能力の高低を基準とする人選を行うこととし、その客観的な判断指標の一つとして簿記資格の有無を用いることは何ら不合理ではないし、Y経理部の業務には会計伝票の登録という商業簿記の知識を要する業務が相応の割合を占めていたことからすると、受験費用の援助の有無や手当支給の有無によって左右されることのない合理的な指標であるといえる。そして、資格取得に向けた姿勢も、相応の根拠をもって客観的に把握したものであれば、担当業務に関する積極性を示す事情として評価指標に用いることに不合理と認められる点はない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって判断基準とすることが誤りであるとはいえないから、採用することができない。

(エ)Yは、Xは本件解雇まで資格取得に向けた意欲を見せなかったと主張し、証人D及び証人Cはこれに沿う供述をする。

しかし、休憩時間中の言動を整理解雇の要素として考慮すること自体疑問であるし、資格取得に向けた意欲の有無を直接確認するなどして的確に把握したものではないから、整理解雇の判断要素として評価し得る資格取得に向けた姿勢の有無とは認められない。Yの上記主張は採用することができない(なお、この点を考慮しなくてもXが整理解雇の対象者となることは、上記アで説示したとおりである。)

(オ)Xは、留学生として勉強中の夫と同居して生計を支えていることや、技術・人文知識・国際業務の在留資格に基づいて本邦に在留していたことから転職が困難であって、これらの事情を人選の合理性に当たって考慮すべき旨主張する。

しかし、Xが留学生として勉強中の夫と同居して生計を支えていることをもって、Xが整理解雇の対象として類型的に優位な地位にあるとはいえない。また、技術・人文知識・国際業務の在留資格に基づいて本邦に在留する者の転職がおよそ困難であるという事情も認められない。したがって、Xの上記主張は、人選の合理性に関する上記アの認定判断を左右する事情とはいえないし、前提となる事実も認められないから、採用することができない。

(4)解雇手続の相当性について

ア Yは、2020年3月12日の段階で、休職や休業をしながら少ない人数で業務を行い、退職する場合には離職票の退職理由を業績不振による会社都合の退職として扱うことを周知し、人員削減案をまとめた直後である同年7月30日には、全従業員に対して更に経費削減策を行わざるを得ない状況にあるとして、申請期間、対象部署、対象人数を明示して希望退職の募集を行い、これを受けて、管理職であるC及びDがXを含む経理部の全従業員に対して面談し、Xに対してはその後退職勧奨もあり得る旨を述べて希望退職に応じるよう伝え、希望退職に応じない旨を確認した後には退職勧奨を行い、これに応じない場合には整理解雇になる旨を伝え、退職勧奨に応じないことを確認した上で整理解雇を行う旨を伝えている。以上のとおり、Yは、本件解雇に至るまで、Yの経営状況を踏まえて人員削減に至る経緯と必要性に加えて、希望退職の時期・規模・方法について適時に周知をした上で、Xを含む従業員に対して必要な説明を行った上で、Xに対して本件解雇を行っているのであるから、解雇手続は相当なものであるといえる。

イ これに対して、Xは、整理解雇の基準やXがこれに該当していることなど、整理解雇の理由について的確な説明をしていない旨主張する。

しかし、Xに対しては本件解雇に先立ってXの業務が当面発生しないことや他の従業員においても同様の業務ができることなどを説明して希望退職に応じるように働き掛けがされたり、本件解雇前には退職勧奨を行ったり、本件解雇後にもその内容を説明する機会を設けたりしているのであって、Xが主張する説明を欠くからといって、本件解雇が手続上不相当であるとはいえない。Xの上記主張は採用することができない。

ウ なお、Xは、

〔1〕Yは雇用調整助成金を不正受給していたり、

〔2〕バス旅行に関する運賃の下限を下回ったことにより行政処分を受けていたり、

〔3〕GOTOトラベル事業で多額の給付金の不正受給をしていた

のであり、このような法令遵守の姿勢を欠く企業である以上、本件解雇に際してその理由等を適切に説明していなかったことが推認できる旨主張する。

しかし、Xが挙げる事情は、本件解雇の手続に何ら関連するものではないから、Yの上記主張は採用することができない(なお、〔1〕雇用調整助成金の不正受給については、これを認めるに足りる証拠はないし、〔3〕GOTOトラベル事業での給付金の不正受給については、Xが指摘する証拠によっても、YがGOTOトラベル事業のルールを悪用する意図等は認められなかったとしており、他に故意による不正受給であったと認めるに足りる証拠はない。)。



タイムス物流事件・大阪地判R4.12.22・ジャーナル133-22

 中退共の差額返還合意につき、合意を事実認定で否定したが、公序良俗違反無効とも判断

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ア 以上でみた中小企業退職金共済法の定め等によれば、同法は、従業員の福祉の増進と中小企業の振興という同法所定の目的を達するため、従業員が、事業主を介することなく、直接、機構から原則として同法の定める額の退職金を取得する仕組みを設け、国は、掛金の助成や事業主に対する税制における優遇といった、通常の退職金制度では認められない措置を講じるものとしている。

イ これを前提に、従業員が、機構から受け取る同法所定の退職金と事業主があらかじめ定めた額との差額を、事業主に対して返還する旨の合意(以下「中退共退職金返還合意」という。)の効力について検討すると、同合意は、使用者である事業主が、労働者である従業員に対し、実質的に、退職金請求権の一部を譲渡することを義務付け、中小企業退職金共済法10条5項の要件を満たさないのに、これが適用された場合と同様の結果をもたらすことを可能とするものといえる。また、中退共退職金返還合意は、事業主が、同法の規定する退職金額よりも低い水準の退職金制度をもうけながら、中退共を利用することによって、国から、より高い水準の退職金の支給を前提とした掛金の助成を受け、自ら運営する退職金制度では得られない税制面の優遇を受けることを可能とするものといえる。

※<10条5項 → 機構は、「被共済者がその責めに帰すべき事由により退職し、かつ、共済契約者の申出があつた場合において、厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働大臣が相当であると認めたとき」は、従業員に対して退職金の額を減額して支払うことができる>

これらの点を考慮すれば、中退共退職金返還合意は、中小企業退職金共済法1条、10条5項及び同法20条等の趣旨、目的に著しく反するものであって、民法90条により、無効であると解すべきである。

ウ 本件合意も、本件会社が本件労働者との間で、本件労働者が受け取る機構からの退職金の一部を、事業主である本件会社が定めた社内退職金の額になるように返還することを内容とするものであり、中退共退職金返還合意に他ならないから、民法90条により、無効と解すべきである。

******
ア 本件会社は、本件合意は、本件労働者との間で個別的に成立した合意であることや、本件東京高裁判決の事案とは事情を異にする旨を主張する。

※<東京高等裁判所2005年5月26日判決・労働判例898号31頁>

しかし、中退共退職金返還合意が民法90条によって無効と解されるのは、その内容が法規制を潜脱するためであるから、これが各従業員との間の個別の合意であるか、労働協約等の集団的な合意であるかによって左右されるものではない。

イ 本件会社は、中退共退職金返還合意の効力は個別の事情に応じて判断すべきであり、本件労働者が、同業他社の女性従業員に対するハラスメント行為をきっかけに退職したことも考慮されるべきである旨を主張する。

しかし、中小企業退職金共済法10条5項は、従業員が受け取るべき退職金の額を減額するために要件を定めているところ、本件労働者が、「その責めに帰すべき事由」に基づいて退職したことを認めるに足りる証拠はなく(本件労働者の退職がハラスメント行為の問題をきっかけとするものであることは認められるが、本件労働者に同項所定の「責めに帰すべき事由」があることを認めるに足りる証拠はない。)、本件会社が機構に対して同項所定の申出をしたことも認められない。

すると、本件において、本件労働者が機構から受け取るべき退職金の額を減額すべき事情があるとはいえず、本件会社の前記主張はその前提を欠く。

ウ その他、本件会社の主張を検討しても、前記(2)の判断を左右するものとは認められない。

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以上によれば、本件合意は、仮にこれが存在したとしても、民法90条により、その効力が認められない。なお、本訴に係る訴えは、本件合意に基づくものであるが(第2回口頭弁論期日調書参照)、以上で説示したところによれば、仮に本件協定に基づくものであっても、その効力を認めることができない。

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(1)判断枠組み

訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁1988年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。

(2)検討

ア これを本件についてみると、本訴請求について、本件合意があったとは認められないことは前記のとおりであるが、1回目の電話に関する客観的証拠はなく、本件会社と本件労働者との間で本件合意が存在しなかったことが明らかであるということもできない1回目の電話から本件訴えの提訴までに1年半以上の期間が経過していることに照らしても、本件における本件会社の主張が、Aによる誤解又は記憶違いによるものである可能性を排斥できない

すると、本件会社が、本訴について事実的根拠を欠くものであることを知り又は容易に知り得たのにあえてこれを提起したものと認めることはできない。

イ また、仮に本件合意が成立しなくても、本件協定が、労働協約として、本件会社と本件労働者との間の法律関係を規律する効力を有することが考えられる

中退共退職金返還合意の効力は、前記のとおり、個別的な合意によるものか労働協約によるものかにかかわらず、無効と解すべきであるが

〔1〕この点に関する最高裁判所の判例は見当たらず、下級審裁判例の中には効力を認めた例もあること(本件東京高裁判決の原審)や、

〔2〕本件会社の従業員は、本件労働者及び他の1名を除いて、いずれも本件協定に従って本件差額を支払い、当該他の1名についても一定額を本件会社に支払う旨の訴訟上の和解が成立したとの事情があったこと

を踏まえると、本件会社が、中退共退職金返還合意が有効であると考えて、訴えを提起することにも一定の理由があり、本件会社が、本訴について法律的根拠を欠くものであることを知り又は容易に知り得たのにあえてこれを提起したものと認めることはできない。

このことは、本件会社が訴訟代理人として法律専門家である弁護士を選任していたとしても、左右されるものではない。

以上によれば、本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということはできず、本件労働者が、本件会社に対し、本訴提起による不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとは認められない。


2023年4月6日木曜日

賃金等請求事件・山口地判R3.2.2

給与・退職金規程変更の無効主張 → 変更は無効と判断

過半数代表者の選出方法に関し問題ないと判断

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 イ 本件就業規則の変更には,労働条件を変更して労働者に不利益を受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性があったか

(ア)Yは,要旨,Yの帰属収支差額は赤字の状態が長年続き,これを補填する現金預貯金についても,キャンパスの建替えなどの出費もあって10年ほどで底をつき,資金ショートする状況であったところ,他校などと比較して著しく高い人件費を削減するほかなかったから,本件新就業規則に変更する高度の必要性があったと主張する。

そこで,労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼしてまで就業規則を変更する高度の必要性があったか,言い換えれば,他の手段で対応することにより,変更する時期を含めて賃金,退職金の減額をするまでの必要性があったかどうかを検討する。

(イ)Yでは,2005年度以降の各年度の帰属収支差額(2010年度から2015年度までの各年度の計算書類のとおり)が赤字の状態が続き,とりわけ2012年度から2015年度には,当該年度の帰属収入のおよそ1割から2割に相当する約1億円から2億円の赤字を毎年計上し,金融資産の額が減少していたから,Yがこのような状態を改善するために,何らかの対策を講じる必要があったと認められる。

また,Yの2010年度から2015年度当時の主な収入は,学生生徒等納付金であったと認められるところ,2016年頃に回復するまで,本件大学の入学者数は定員を下回っていたし,少子化を含む私立大学を取り巻く当時の状況を踏まえると,その性質上,短期の急増が難しいだけでなく,長期的にも大幅な収入増加が見込み難い状況であったと認められる。

加えて,Yは,耐震性に問題のある本件大学の東館を取り壊し,新たに北館を建設する必要があったところ,これらの費用に約25億円が必要であり,約15億円を自己資金で賄う必要があった。一方,2015年度当時の本件大学の給与額は,同一県内の私立大学の中でも3番目に高い上に,本件新就業規則に変更する前の人件費が支出に占める割合が高く,収入に比して高額であった。

以上のとおり,Yにおいて,帰属収支差額が赤字となっている状態が続く中,収入の増加はさほど見込めず,一方で,校舎建替え等の工事のための支出も予定されていたことを考慮すれば,本件新就業規則変更当時において,Yが従前の収支構造の改善を検討すること自体が不合理であるとはいい難い。

(ウ)しかしながら,Yの2010年度から2017年度までの資金余剰額(帰属収支差額に減価償却額〔会計の計算上消費支出計算書において,費用として支出されたことになるが,実際には現金の支出がなく,学校の内部に留保されるものをいう。減価償却が採用されている会計制度に採用されている組織において,減価償却は組織が自由裁量で使用できる資金である。〕を加えたもの)が,2012年度(約マイナス870万円),2014年度(約マイナス3280万円),2017年度(約マイナス750万円)にはそれぞれ赤字であったが,それ以外の各年度ではいずれも黒字(2010年度が約7723万円,2011年度が約7151万円,2013年度が約5951万円,2015年度が約2627万円,2016年度が約1億7859万円)であったと認められる。

また,Yにおいて,2012年度以降,入学者数が増加し,2016年度には定員を上回ったこと,2015年度の学生生徒等納付金が約10億6950円と,前年よりも約6000万円増加し,翌年度には,約1億2000万円増加したことが認められる。このように,本件新就業規則への変更当時には,Yの主たる収益である学生生徒等納付金の額は増加し,その増加額も相当程度あったと認められる。

(エ)Yの貸借対照表から財政状況を分析する。

Yの流動比率(流動負債に対する流動資産の割合)は,2010年度が約929%,2011年度が約969%,2012年度が約837%,2013年度が約811%,2014年度が約750%,2015年度が約571%,2016年度が約646%,2017年度が336%であったこと,流動比率が200%以上であれば優良で,100%を下回る場合には資金繰りに窮している状況と評価されるのが一般的であるが,学校法人の場合には,将来に備えて引当特定預金等に資金を留保している場合があるため,必ずしも流動比率が低くなると資金繰りに窮しているとは限らないと認められる。

加えて,流動資産超過額(正味運転資金ともいい,流動資産から流動負債を差し引いた金額を指す。流動負債を返済した後に手元に残る余裕資金を示す。)についても,2010年度以降減少傾向ではあるが,2012年度で約18億円,2013年度で約17億円,2014年度で約16億円,2015年度で約13億円,2016年度で約14億円,2017年度で約13億円あったと認められる。

上記によれば,Yの短期的な支払能力に格別の問題は見られず,流動負債を返済した後の余裕資金も十分にあったと認められる。

また,組織の長期的な安全性を診る指標となる固定比率(純資産に占める固定資産の割合をいい,固定資産が返済不要の純資産の範囲内で取得されているかを診る指標となる)と固定長期適合率(純資産及び固定負債の合計額に対する固定資産の割合をいい,大規模設備投資の場合に,固定資産を純資産のみで賄うことが難しい場合に長期借入金で賄っているかを測定する指標)についても,100%以下が望ましいとされるところ,Yでは,いずれの比率も2010年度から100%を下回っていたと認められる。

さらに,Yの純資産構成比率(資産に占める純資産の割合)は,2017年度の約84%を除き,2010年度から2016年度まで約90%前半で推移している上に,有利子負債率(資産に占める有利子負債の割合)も2010年度から2016年度まで約2.8%から0.9%の間で推移していること,2010年度から2017年度までの外部負債に対する金融資産の倍率が,2010年度の約9倍から2016年度まで約18倍と増加した後,2017年度に約2倍となっていること,2010年度から2017年度まで外部負債を金融資産で返済した後に残る超過額についても,2017年度が約15億円であったのを除き,およそ23億円から28億円で推移していることが認められる。

学校法人における財政上の危険性を判断する上で,〔1〕現金に換金可能な金融資産が多く,〔2〕有利子負債(短期借入金〔1年以内に返済義務のある負債〕に長期借入金〔長期にわたって返済義務のあるもの〕を加えたもので,元本の借入額とともに,利子の支払を伴う負債をいう。)が少ないこと,〔3〕資産合計に占める純資産(自己資金)の割合が高いときには,学校法人の経営が安定すると考えられていると認められるところ,上記の事実を踏まえると,Yの資金繰りに問題が生じ得るような危機的な状況ではなかったと認められる。

(オ)山口県内の他の大学と比較して,本件大学の給与額は高いと評価できるが,本件大学と同様に幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び大学などを有する全国の学校法人と比較すると,本件大学の人件費比率が格別に高いとまではいえず,比較の対象によっては,平均的な数値とも評価し得る。

(カ)以上検討したところによれば,Yの採算性を見直す必要があり,経費の削減を検討すること自体の合理性は否定できないが,Yの主張するように,資金が約10年でショートする状態であったと認定することはできず,財政上,極めて危機的な状況に瀕していたとはいえないから,労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できない。

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(ア)過半数代表者の選任手続及び意見聴取の適法性

2016年5月27日頃に本件大学の労働者の過半数の代表者としてTが選出され,Yは,Tに対して本件新就業規則への変更についての意見を聴取しているところ,Xらは,Tの選出の方法が適正なものとはいえないから,Tから意見を聴取したとしても,労働基準法の定める意見聴取手続があったとはいえない旨主張する。

使用者は,就業規則の変更について,当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者(以下「過半数代表者」という。)の意見を聴かなければならない(労働基準法90条1項)ところ,過半数代表者は,「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票,挙手等の方法による手続により選出された者であって,使用者の意向に基づき選出されたものでな」ければ,適正に選出された過半数代表者といえる(労働基準法施行規則6条の2第1項2号)。

そして,「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにし」たといえるためには,少なくとも労働基準法上のどの規定に基づく代表者の選出なのかを明らかにしなければならず,また,選出されたといえるためには,労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的手続であれば足りると解される。

そこで検討するに,Uからの本件大学の東駅キャンパスの労働者の過半数を代表する者の選出の連絡に添付された推薦文の内容に加えて,推薦された当時の状況,Uからの連絡の内容から,当時の過半数代表者の選出は,少なくとも本件新就業規則に関する代表者の選出であることは容易に認め得るといえるから,法に規定される協定等をする者を選出することを明らかにして実施されたものといえる

また,Tの選出方法について,Yの統轄本部に所属するUに対して代表者の選出の意見を送付する方法で行っているところ,このような選出方法により労働者の過半数が当該者の選任を支持しているかは明確となるが,一方で,選出過程の一部に使用者側の者が関与し,使用者に過半数代表者の選出に関する意見が明らかになるため,民主的手続の点で疑問がないわけでもない。しかしながら,2016年5月27日当時の本件大学の東駅キャンパスの全労働者は約160名いたため,これらの労働者の意見を聴取するのは煩雑であった上に,過半数代表者の選出のためであっても,使用者による同意のない個人情報の公開が許容し難いことを踏まえると、労働者の明確な意見を確認するために,Yが労働者の意見を集約する必要はあったと認められる加えて,労働者の過半数の選出方法には,労働者全体が一堂に会して過半数代表者を選出する方法や挙手など特定の労働者の意見が他者に露見する方法が労働基準法施行規則において例示されているから,Yにおいて秘密投票などの方法を採用しなかったことが直ちに適正さを欠くことにはならない。そして,その他,本件の選出方法について,適正な手続でないことを窺わせる事情は見当たらない。

そうすると,Tの選出方法が適切でなかったとはいえないから,Yは,本件新就業規則への変更について,労働基準法の定める意見聴取手続を行ったものと認められる。 

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以上を踏まえて,本件新就業規則の合理性を検討すると,

少子化などにより,数多くの私立大学が構造的な不況に見舞われる中で,Yも,少なくとも2010年度以降,毎年多額の帰属収支差額の赤字を計上し,本件大学の建物等の設備の改築のために多額の支出を必要とする状況にあったことなどから,Yの経営状態は厳しいものであり,想定される最悪の状況に備えて,収支の改善に向けて対応しようとする経営判断自体は合理的であり,労働組合との交渉の状況等の手続にも特段問題は見当たらない。

しかしながら,Yが極めて危機的な財政状況にあったとはいえず,労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとまでは認め難く,本件新就業規則の内容についても相当性があったとは言い難いことを踏まえると,本件新就業規則の変更は合理的なものであったと認めることはできない。

2023年4月5日水曜日

スルガ銀行事件・東京地判R4.6.23・ジャーナル131-38

 異動命令は懲戒処分か人事命令か → 人事命令

※ Xは、本件異動命令が懲戒処分であることを前提として、権利の濫用に当たり、無効である旨を主張していたが、この判断により、前提で否定された

※ 懲戒解雇は無効とされた(定年により地位確認請求は棄却)

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2 争点1(本件異動命令は、懲戒処分に該当するか。)について

(1)人事権の行使としての異動命令と、企業秩序の違反に対する懲戒権の行使である懲戒処分とは、本質的に異なるものであるところ、

Yは、本件異動命令をした際には、これを人事異動として社内掲示板に掲載し、本件懲戒解雇時と異なり、Xに対する弁明の機会の付与や懲戒処分通知書の交付といった手続を行っていないこと、

「経営企画部詰審議役」への異動は、別紙記載1の組織規程25条、別紙記載4の本件協定5条に基づき、Yが人事権の行使として決定し得る範囲のものであること

を考慮すると、本件異動命令は人事権の行使として行われたものと認めるのが相当である。

(2)これに対し、Xは、ある措置の性質が人事権の行使と懲戒処分のいずれであるかは、使用者の主観的な意図にかかわらず、企業秩序違反行為に対する制裁罰という性格を有するものであるか否かを客観的に判断すべきであるとし、本件異動命令は、人事権行使の業務上の必要性がないこと、Xに対する制裁目的があること、人事権行使の結果として許容し得る程度を著しく超える不利益を負わせるものであることから、懲戒権の行使としての降格処分に該当する旨を主張する。

しかしながら、人事権の行使と懲戒処分とは、その根拠も有効要件も異なるものであり、使用者はその相違を踏まえた上で人事権の行使又は懲戒処分として当該措置を執っていることを考慮すると、当該措置が人事権の行使と懲戒処分のいずれであるかを使用者の主観的意図と無関係に判断することが相当とはいえない

そして、本件異動命令が行われた当時は、スマートライフの支払停止が発生し、スマートライフ(又はその関連会社であるイノベーターズ)から家賃の支払を受けられない債務者(顧客)がYに対する返済に窮し、シェアハウスローンが回収困難となるおそれが顕在化したことから、危機管理委員会による事実関係の調査が開始され、いずれ金融庁の検査が行われることも予想される事態となっていたことを考慮すると、Yが、上記調査や検査に適切に対応するために、シェアハウスローンに関与してきた営業部門のトップの地位にあったXをそのままその地位に置いておくことはできないと判断したことが合理性を欠くとはいえず、本件異動命令について業務上の必要性がないとはいえない

仮に、Yが本件異動命令を行うに当たり、Xに対する制裁目的があったとすれば、Yが懲戒処分を意図したことを基礎づける事情にはなり得る。しかし、Xが、q4会長から「シェアハウスの一連の問題があったので降りてもらう。」と告げられたとする点は、X本人の陳述書によっても、執行役員の辞任についての発言である上、Yにおいては、この頃、危機管理委員会を設置して事実関係の調査を開始したばかりであったのであるから、Xに「一連の問題」の責任を取らせるには時期尚早であるともいえ、q4会長の上記発言をもって本件異動命令に制裁目的があったと認めることはできない。また、q8人事部長が金融庁からのヒアリングへの対応のためXに対して退職願の撤回を求めた事実は、本件異動命令の制裁目的を推認させるものではない。

確かに、本件異動命令に伴い、Xの給与は大幅に減額されているが、これは、執行役員を辞任したXが、その時点で55歳を超えていたことから、先任社員となり(別紙記載4の本件協定3条)、先任社員の職務区分及び職位に応じた給与額が決定されたこと(別紙記載4の本件協定6条)によるものであることが認められ(乙98、証人q8・8~10頁)、懲戒処分によるものではない

以上によれば、Xの上記主張は採用することができない。


学校法人埼玉医科大学事件・千葉地判R3.5.26・労判1279-74

 懲戒処分無効確認の利益 否定

解雇 有効

業務命令 不法行為不該当

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2 争点(1)(本件各懲戒処分の無効確認の訴えに係る確認の利益の有無)について

(1)確認訴訟における確認の対象となる法律関係は,原則として現在における法律関係であるところ,本件各懲戒処分が無効であることの確認を求める訴えは,過去の法律関係の確認を求める訴えであるから,現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合に限って確認の利益が認められると解するのが相当である。

(2)これを本件についてみるに,Xが本件各懲戒処分により受けた給与面の不利益を解消するには、本件のように,本件各懲戒処分が無効であることを前提に賃金等の請求をすることが直接かつ抜本的な解決といえる。また,本件解雇は有効であり,本件雇用契約は本件解雇により終了しているから,過去の本件各懲戒処分の無効が確認されないと,Xが人事評価等の待遇面において不利益を被るということもできない。そして,Yは,本件解雇の理由として本件各懲戒処分の理由となった行為を指摘しているものの,本件解雇の有効性を判断する中で本件各懲戒処分の理由となった行為の解雇事由該当性等を検討すれば足りるのであって,本件解雇の有効性と独立して本件各懲戒処分の無効を確認する必要性は認められない。これらの事情によれば,本件各懲戒処分の無効という過去の法律関係の確認をすることが,紛争の直接かつ抜本的解決のために最も適切かつ必要と認めることはできない。

(3)したがって,本件各懲戒処分の無効確認の訴えに確認の利益は認められない。 

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3 争点(2)(将来の賞与請求の訴えの利益の有無)について

(1)Xは,Yに対し,本判決確定の日までの夏季賞与と冬季賞与の支払を求め,これに対しYは,口頭弁論終結時までに支払日が到来しない賞与については,本件給与規程に賞与を定額支給する旨の規定がなく,賞与が支払われるか否か及びその額は不明であることを根拠として,将来給付の訴えの利益が認められないと主張する。

(2)民訴法135条はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容している。しかし,同条は,およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権の全てについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく,既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し,ただ,これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず,将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により上記請求権成立の全ての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて,例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される(最高裁1981年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁)。このような規定の趣旨に照らすと,将来発生すべき賞与請求権についても,賞与請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができるとともに,その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては,冒頭に説示したとおり,本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である。

(3)これを本件についてみるに,本件給与規程には,賞与を定額で支給する旨の規定はなく,賞与のうち勤勉手当については,Yが,賞与の対象期間内において教職員の勤務成績を評価し増減することができ(本件給与規程25条2項),賞与の支給月数については,人事院勧告に準拠し,給与委員会の審議によりこれを決定する(同30条)と規定していることからすれば,Xの賞与請求権は,YがXに対する賞与額を決定して初めて具体的な権利として発生するものと解するのが相当である。そうすると,Xの賞与請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができるから,Xの口頭弁論終結後の賞与請求権は,将来給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものということはできない。

(4)したがって,Xの口頭弁論終結後から本判決確定の日までの夏季賞与と冬季賞与の請求には,将来給付の訴えの利益が認められない。

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(2)解雇の理由

ア Xは,

本件長期休業から復帰した後,本件相談室で勤務したわずか4か月の間に,3回にわたり15分以上の遅刻をし,

患者の個人情報等を扱っている本件相談室の施錠を2回怠り,

無銭飲食を行って本件懲戒処分1を受けた後も,幾度となく遅刻をした

ことが認められ,極めて勤怠不良であったといえる。

そして,Xは,

診療補助業務がPSW業務の付随的な業務であると考えており,

頻繁に外来書類や法定書類の管理等の業務でミスをし,

他のPSWに付きながら研修を受けているにもかかわらず,他のPSWの許可を得ずに,他部署が行っている園芸作業に参加したり,30分間離席したりしていたこと,

復帰に当たり,X側から長期間の研修を希望し,本件研修が準備されたという経緯にもかかわらず,本件研修の研修期間や内容に不満を述べ,本件研修の中止を求めていたこと,

器材センターで行っていた単純作業についても,Xが行うべき業務ではないと考えており,これらの単純作業が容易なものであり,作業手順と見本の交付を受けていたにもかかわらず,実際に使用することができない不良品の成果物が多数存在していたこと

からすれば,Xには,自身がPSW業務に関連しない又は重要ではないと考える業務を行う意欲が欠如していたと認められる。

したがって,Xの上記の就業状況は,著しく不良で就業に適さないと認められるから,本件就業規程26条2号イ所定の解雇事由が認められる。

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(3)社会的相当性

ア Xは,無銭飲食について反省をしているとは認められない上に,本件懲戒処分1を受けた後も,遅刻を繰り返し,c総務部長が交付しようとした注意書へ署名押印せず,自身の腕時計の時刻からすると遅刻をしていないなどと強弁して,遅刻について反省している様子は認められず,遅刻の改善が見込まれないこと,本件USBの紛失についても反省をしているとは認められないことからすれば,XにPSW業務を初めとする対外的な業務を行わせることは,時間管理,情報管理,規範意識等の点で問題があり,Yが患者等からの信頼を失う可能性が高いもので,極めて困難であるといえる。

また,Xには,自身がPSW業務に関連しない又は重要ではないと考える業務を行う意欲が欠如しており,XにおいてYの指揮命令に従いPSW業務以外の職務に従事する意思は認められない。このように,Xの勤務態度は,Yの正常な職場機能,秩序を乱す程度のものといえ,解雇以外の人事権の行使や他の軽い処分によってXの勤務態度の改善は期待できない

もっとも,本件解雇は本件懲戒処分2の直後に行われているが,本件懲戒処分2は,Xが本件USBを紛失したことに対し,法人として一定の態度を示すために行われた処分であり他方,本件解雇は,これまでのXの勤務態度や能力等を踏まえ,Xを配置することができる部署がなかったために行われたものであることに照らせば,本件懲戒処分2の対象になった行為を本件解雇の理由として二重に評価したということはできず,本件懲戒処分2の直後に本件解雇が行われたことのみをもって,本件解雇が社会通念上不相当ということはできない

以上の事情に加え,Xは,いわゆる中途採用であり,XがYに雇用されてから実際に勤務した日数は,本件長期休業前の約1年2か月と本件長期休業後の約1年のみで,Yでの不就労期間が9年以上に及んでいること,上記不就労期間中も,Yは,Xに対し,賃金を保障していたこと等も考慮すると,本件解雇は社会通念上相当というべきである。

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【X言い分の排斥】

イ Xの主張に対する判断

(ア)Xは,本件雇用契約においてXの職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたと主張し,同主張に沿う供述(X本人)をする。

確かにXは精神保健福祉士の資格を有しており,Yが2003年当時,精神保健福祉士の資格を有する人材を探していたこと,Yの当時の採用担当者が,MSW又はPSWの不足を補う職員としてXを採用することとしたことが認められる。

しかし,Xが,本件雇用契約を締結する際,Yの採用担当者から,Xの職種を精神保健福祉士やPSWに限定する旨の説明を受けたとは認められないことに加え,本件就業規程2条3項は,事務職員と医療技術職員を区別しており,別表第1において精神保健福祉士と社会福祉士は医療技術職員に分類されている(前提事実(11))ところ,本件雇用契約の労働条件通知書には,Xの業務内容は事務職と記載されているのみであり,医療技術職員との記載も,職種が精神保健福祉士やPSW,事務職に限定される旨の記載もなかったこと,Xは,本件雇用契約締結から5か月間は,MSWとして勤務をしており,PSW業務を行っていなかったことからすれば,本件雇用契約において,Xの職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたとは考え難く,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって,本件雇用契約においてXの職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたと認めることはできない。

(イ)Xは,2014年5月30日に30分間離席したのは,日本労働評議会と本件研修について打合せをするためであったと主張するが,労働組合との打合せが業務ではないことは明らかであり,これを理由に無断で離席することは認められない

(ウ)Xは,遅刻の原因が電車の遅延や体調不良にあると主張し,同主張に沿う供述をする。

しかし,Xは千葉県市川市内に住んでおり,本件病院までの通勤時間は約2時間30分であったことからすれば,電車の遅延や体調不良が原因で遅刻する場合,始業時刻より前に自宅又は乗換駅からその旨を連絡をすることが可能であり,かつ連絡をするのが当然であるところ,Xがそのような連絡をしたとは認められないことに加え,他にXの遅刻の原因が電車の遅延や体調不良にあることを認めるに足りる証拠はないことからすれば,Xの度重なる遅刻の原因の全てが電車の遅延や体調不良にあったと認めることはできない。

したがって,Xの度重なる遅刻に,本件就業規程43条2項所定のやむを得ない事由は認められない。

(エ)Xは,器材センターでの一部の遅刻について,遅刻した時間がYの指摘する時間と異なると主張し,これに沿う供述(X本人)をする。

しかし,g副センター長は,人事部次長から依頼され,Xの勤務時間を管理するために器材センターの電波時計によりXの出勤時刻を把握していたものであり(認定事実(5)ケ),他方,Xの上記主張は自身の腕時計の時刻を根拠としていることからすれば,g副センター長が確認した時刻がより正確なものであると認められ,Xの主張を採用することはできない。

(オ)Xは,器材センターで行っていた単純作業のミスについて,Xの眼病に原因があると供述する(X本人)。

確かに,その頃,Xは円錐角膜,再発性角膜びらんを患っていたと認められる。しかし,これらの疾病が各作業に与える影響は不明であるうえ,Xにも,これらの眼病のためにミスをした旨h課長補佐に申告したり,業務内容の変更を求めたりした形跡がないことないことからすれば,Xの単純作業のミスの原因がXの眼病にあるとまで認めることはできない。

******

7 争点(6)(不法行為の成否)について

(1)ア Xは,YがXに対し,

〔1〕PSW業務のうち,書類のスキャン業務やデータの入力業務のみを行うよう指示し,これらの業務が終わると待機させたこと,

〔2〕他のPSWの相談への同席を認めなかったこと,

〔3〕本件相談室の電話対応を禁止したこと,

〔4〕措置入院患者のデータ入力を別室で行わせたこと、

〔5〕本件研修を指示したこと,

〔6〕本件異動を命じたこと,

〔7〕器材センターにおいてパンフレットの仕分けなどのPSW業務と無関係な単純作業を行わせたこと

が不法行為に当たると主張する。

イ 業務命令や異動命令について,業務上の必要性が存在しない場合,又は業務上の必要性が存在するとしても当該業務命令又は異動命令が不当な目的をもってされたものであるとき,若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど,特段の事情がある場合には,業務命令権又は人事権の濫用に当たるものとして,使用者による当該業務命令権又は人事権の行使は,不法行為を構成するものと解するのが相当である。 

ウ 検討

(ア)PSW業務について(〔1〕ないし〔4〕)

Xは,Yにおいて,本件長期休業前はPSWとしては約9か月しか就労しておらず,本件長期休業により約9年就労していなかったこと,

XとYの交渉の結果,X側の要望を踏まえて,Xが他のPSWに付いて日常業務を行いながら研修を行うことになったこと,

本件長期休業の間に,法律,福祉制度,診療科内の診療体制,社会資源が大きく変化しており,PSW業務の相談援助業務を行うにはこれらの知識が必要であったこと,

d PSWも,約半年間の研修期間中は,書類や統計の管理をし,本件病院の診療体制や法律,地域の特色等を学んでいたこと

からすれば,Xが書類のスキャンやデータの入力業務(上記〔1〕),措置入院患者のデータ入力(上記〔4〕)を行う業務上の必要性があったといえる。

そして,上記のとおり,XにはPSW業務に必要な知識の習得がまず必要であった一方,

Xは,外来書類や法定書類の管理等の業務において頻繁にミスをしており,他のPSWからダブルチェックを受けるようになった後も複数回ミスを指摘されていたこと,

d PSWも,研修期間中は,本件相談室での相談に同席したり相談を担当したりすることはなかったこと

からすれば,Xを本件相談室での相談に同席させないこと(上記〔2〕)やXに電話対応をさせないこと(上記〔3〕)についても,業務上必要性がない指示とはいえない

そして,上記〔4〕の措置入院患者のデータ入力については,d PSWは,スキャナーの要否に応じて,Xがどのパソコンを使用するかを決定していたのであり,Yが,Xを退職に追い込むといった不当な目的により上記〔1〕ないし〔4〕の業務命令をしたと認めるに足りる証拠はない。また,これらの業務命令が,Xに対し通常甘受すべき程度著しく超える不利益を負わせるものであったともいえない。

(イ)本件研修について(〔5〕)

上記(ア)のとおり,Xは,本件長期休業の間に変化していた診療科内の診療体制の知識を得る必要があったところ,PSWは医務部職員として休日勤務をする際に入退院受付を担当すること,XがPSWとして患者等の対応をする際は,医務部医務課の入院会計入力班で行っている伝票整理及び電子カルテでの患者スケジュールの管理等,並びに入退院窓口で行っている入退院患者の窓口業務全般の各仕組みを理解することが有用であること,他のPSWも,入職時,入退院患者及び外来患者の手続を学ぶため,医務部において一,二か月の研修を受けていたこと等の事情によれば,本件研修を命じることに業務上の必要性が認められる。他方,Yが本件研修を命じたことについて,Xを退職に追い込むといった不当な目的があったとは認められないし,Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったともいえない。

(ウ)本件異動について(〔6〕)

上記6説示のとおり,本件雇用契約においてXの職種が精神保健福祉士やPSWに限定されていたとは認められない(なお,労働条件通知書にXの職種を事務職に限定するとまでは記載されておらず,Xが採用される際にそのような説明を受けたとも認められないこと,事務職が専門性の高い職種であるとも認められないことからすれば,本件雇用契約においてXの職種が事務職に限定されていたとも認められない。)。したがって,Yは,Xに対し,本件雇用契約を規律する本件就業規程13条1項に基づき本件異動を命じることができ,本件異動には本件雇用契約上の根拠が認められる。

そして,Yが,それまでの勤務態度が不良であり,かつ,無銭飲食をしながら真摯な反省の態度を見せないXについて,患者等の対応をしたり金銭を扱ったりするPSW業務を行わせることができないと判断したことは合理的であるといえるから,本件異動には,業務上の必要性が認められる。

他方,Yが本件異動を命じたことについて,Xを退職に追い込むといった不当な目的があったとは認められない。

もっとも,Xは,本件異動まではMSWやPSWとして業務を行っていたのに対し,器材センターは病院の各部署で使用された器材等を回収し,洗浄等を行う部署であったことから,本件異動は,Xの業務内容を大幅に変更するものであり,Xに一定の不利益を負わせるものであったといわざるを得ない。

しかし,Yは,本件異動後,当初は,Xに対し,器材センターの初歩的な業務である洗浄業務を行わせる予定であり,業務内容が大幅に変更されることについて配慮していたことXは,Yに腰痛症等を申告した後,総務部,医務部及び大学事務部が切り出した単純業務を行っており,Xが実際に行った業務は事務業務と変わりがなかったことこのような単純作業を恒常的に行う部署は,従前はYに存在しなかったことがうかがわれ,腰痛症等を申告したXのために,Yが特別に準備した部署であると認められること等に鑑みれば,本件異動に伴う業務変更の不利益の程度は,Xが甘受せざるを得ないものであったといえる。

そして,Yは,本件異動を命じた段階ではXの腰痛症等を把握しておらず,Xから腰痛症等の申告があった後はこれを考慮してXの業務内容を変更したこと,本件異動によりXの給与額に変更はなかったことも併せて考慮すると,本件異動が,業務内容や給与額に照らし,Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったとはいえない。

(エ)単純作業について(〔7〕)

上記のとおり,Yが,それまでのXの勤務態度が不良であり,かつ,無銭飲食をしながら真摯な反省の態度を見せないXについて,患者等の対応をしたり金銭を扱ったりするPSW業務を行わせることができないと判断したことは合理的であることに加え,Yは,Xを就労させる際にXの腰痛と視力障害に配慮して,前屈姿勢・長時間の立ち仕事ではない業務を行わせる必要があったことからすれば,Xに単純作業を行わせる業務上の必要性が認められる。

他方,YにXを退職に追い込むといった不当な目的があったとは認められない。また,Yは,Xの申告を受け,産業医の意見を聞いた上で,Xの疾病に配慮し,上記の単純作業を行わせたことからすれば,かかる業務命令がXに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったとはいえない。

エ したがって,上記〔1〕ないし〔7〕のYの業務命令が不法行為に当たるということはできない。

(2)Xは,YがXに対し,2014年4月1日から同年8月11日までPSWの診療基本マニュアルを,同年4月1日から派遣社員の引継ぎのときまで電子カルテや医事端末操作のマニュアルを,それぞれ交付しなかったことが不法行為に当たると主張し(別紙2記載2),同主張に沿う陳述(甲55)及び供述(X本人)をする。

しかし,YがXを退職に追い込むといった不当な目的により上記各マニュアルを交付しなかったと認めるに足りる証拠はない。また,Xは,XがYに対し,2014年4月1日に上記各マニュアルの交付を求めていたと供述するが,Xが交付を求めた職員の氏名が不明であるなど,Xの供述は抽象的なものにとどまることに加え,Xは,当時,日本労働評議会に加入していたのであるから,Yに対し交付を求めたにもかかわらず上記各マニュアルの交付を受けなかったのであれば,日本労働評議会を介して直ちに異議を唱えると考えられるところ,かかる行動をとったと認めるに足りる証拠はないことからすれば,XがYに対し,同日に上記各マニュアルの交付を求めていたとは考え難い。また,Yに上記各マニュアルを交付すべき義務があるということを基礎付けるような事情があるとも認められず,d PSWは,Xに対し,マニュアルの情報のうち業務に必要なものについては,随時,口頭で教えていたことからすれば,Yに上記義務があるということはできない。

したがって,YがXに対し,2014年4月1日から同年8月11日までPSWの診療基本マニュアルを,同年4月1日から派遣社員の引継ぎのときまで電子カルテや医事端末操作のマニュアルを,それぞれ交付しなかったことが不法行為に当たるということはできない。

(3)Xは,YがXにパンフレットを台車で運搬するという不必要な業務を行わせたことが不法行為に当たり,これによりXの腰の症状が悪化したと主張し(別紙2記載14),同主張に沿う陳述(甲55)及び供述(X本人)をする。

しかし,上記のとおり,Yが,Xについて,患者等の対応をしたり金銭を扱ったりするPSW業務を行わせることができないと判断したことは合理的であること,Yは,Xを就労させる際にXの腰痛と視力障害に配慮して,前屈姿勢・長時間の立ち仕事ではない業務を行わせる必要があったことからすれば,,Xにパンフレットを台車で運搬する業務を行わせることに業務上の必要性がなかったとはいえない。

そして,2014年11月14日から同年11月20日までのパンフレットの運搬業務については,パンフレットの入った段ボール箱を積み込む作業はYの職員が行っており,Xはパンフレットを台車により運搬する作業を行っていたことに加え,Xが運搬する段ボール箱の個数について異議を述べたとは認められないことからすれば,かかる運搬作業によりXの腰に負担がかかったとは考え難い。そして,Xがパンフレットの運搬を行ったことによりXの腰の症状が悪化したと認めるに足りる証拠はないことからすれば,YがXに上記の期間にパンフレットを台車で運搬する業務を行わせたことが不法行為に当たるということはできない。

また,2014年12月24日から2015年1月6日までのパンフレットの運搬業務については,XとYは,Xと担当部署が1回当たりの運搬量を確認し,Xが負担を感じない範囲内での積み込みとすること及び運搬作業を行う際は,Xの腰への負荷を回避するためにYが指定したルートを守ることについて合意した上でこれを行っており,Xと担当部署が,上記合意に反して,1回当たりの運搬量を確認せず,Xに負担を感じさせる運搬をさせたと認めるに足りる証拠はないから,かかる運搬作業によりXの腰に負担がかかったとは考え難い。そして,Xがパンフレットの運搬を行ったことによりXの腰の症状が悪化したと認めるに足りる証拠はないことからすれば,YがXに上記の期間にパンフレットを台車で運搬する業務を行わせたことが不法行為に当たるということはできない。

(4)Xは,YがXに対し2014年8月25日から同年10月30日まで及び同年11月20日から同月23日までの休業について,休暇許可願の提出を強要し,私傷病による休業として扱ったことが不法行為に当たると主張し,同主張に沿う陳述及び供述をする。

確かにXがYに対し,上記の休業について休暇許可願を提出したことが認められるが,YがXにこれを強要したと認めるに足りる証拠はない。

そして,Xが,2014年7月24日には両眼円錐角膜,左眼再発性角膜びらん,同年8月4日には腰痛症,腰仙部前方扁位との診断を受けているが,かかる傷病がYの業務に起因して生じたとは認められないこと,東京ユニオンがYに本件異動の撤回を求めた理由が上記の傷病にあることからすれば,Yにおいて同月25日から同年10月30日までの休業が私傷病によるものとして扱うのは当然の対応というべきである。加えて,YがXに休暇許可願の提出を求めたことについて,Xを退職に追い込むといった不当な目的があったとも認められないことからすれば,仮に,YがXに休暇許可願の提出を求めたとしても,それが不法行為に当たるということはできない。

また,上記(3)説示のとおり,YがXにパンフレットの運搬を行わせたことによりXの腰痛症が悪化したとは認められないことからすれば,2014年11月20日から同月23日までの休業についても私傷病によるものとして扱うのは当然の対応というべきであり,Yに上記の不当な目的があったとも認められないことからすれば,YがXに休暇許可願の提出を求めたとしても,それが不法行為に当たるということはできない。

(5)Xは,YがXに対し,Xを退職に追い込むことを目的として,病棟カンファレンスへの出席や医務局との協議への参加,外来の看護師や他の職員との会話及び本件相談室外へ行くことを禁止した,Xの行動を背面から監視した,職員に指示をして無視・仲間外しを行ったと主張し,同主張に沿う陳述及び供述をするが,これらの事情を裏付ける的確な証拠はないから,別紙2記載5ないし9の事情を認めることはできず,これらが不法行為に当たるということはできない。

(6)以上によれば,Yに不法行為は成立しないから,Xの損害額について判断するまでもなく,XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。


REI元従業員事件・東京地判R4.5.13・労判1278-20

システムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社には独自のノウハウはない

→ 守秘を目的とした退職後の競業避止義務は無効

※ 顧客(派遣先)維持を目的としていたらどうだったか?

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1 争点〔1〕(労働者Yが会社Xに対して会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したかどうか)について

労働者Yは、中華人民共和国国籍を有する者であるが、2013年に来日し、関西大学大学院心理学研究科において心理学を学び、その後、日本語と中国語の翻訳の仕事に従事した経歴を有するものと認めることができるのであって、労働者Yには十分に日本語を理解する能力があったものということができる。

労働者Yは、aから秘密保持に関する契約であると説明を受けて署名押印したものであり、競業避止義務に関する記載があると認識していなかったと主張する。そして、労働者Yは、本件合意書のうち、第1条(秘密保持の確認)、第2条(秘密情報の帰属)及び第3条(退職後の秘密保持)を閲読したが、「秘密」との文字がなく意味が理解できなかったため、第4条(競業避止義務の確認)、第5条(損害賠償)及び第6条は閲読しなかったと供述する。

しかしながら、本件合意書の第1条から第3条までに用いられた文字と第4条から第6条までに用いられた文字の大きさ及び形状に違いはなく、閲読・理解することを妨げるような表記上の事情はないのであって、上記のとおりの本件合意書の文言及び労働者Yの有する日本語読解力を前提とすれば、一読して、容易に認識し得えたものということができる。そして、労働者Yは、本件合意書に署名押印するに当たり、その直上に記載された第4条から第6条までの意味が分からなかったにもかかわらず、aに対して説明を求めることなく作成に応じたというのであるが、本件合意書の記載する条項のうち半分を理解できないままに、署名押印に及んだものと解することは不自然といわざるを得ない。そうすると、当該条項を含めて認識していなかったとする労働者Yの主張は、その作成経緯に照らして、採用することができない。

また、労働者Yは、本件合意書が2020年10月1日に遡及して効力を有するものであり、会社Xが自ら競業避止義務に違反するような内容を合意したはずはないと主張する。

確かに、労働者Yは、会社Xを退社した後、2020年10月1日以降、サンエクシードと業務委託契約を締結し、ITbookに通い、ITbook、その子会社もしくは関連会社であり、会社Xと取引関係のある事業者において勤務していたものと認めることができる。しかし、上記のとおり、労働者Yは、すでに会社Xを退職した後、かつサンエクシードと業務委託契約を締結した後に、本件合意書に署名押印したものであって、使用者と被用者という関係にはなく、その立場上の差によって、自由な意思決定が困難であったとする事情はない。また、労働者Yが主張するとおり、労働者Yがサンエクシードで勤務を開始したのは本件合意書の作成前であり、本件合意書に抵触することはないと考え、あるいは労働者Yがサンエクシードから委託を受けて担当した業務と会社XがITbookから受託していた業務とは異なることから、競業避止義務に反することもないと考えていたとすれば、本件合意書の記載を認識しつつ署名押印することも、まったく不合理とはいえないし、労働者Yが会社Xから退職証明書を受領することを優先し、サンエクシードとの業務委託契約ないしItbookとの関係について発覚しないとの思惑から本件合意書の署名押印に応じたとしても不自然なところはない。そうすると、自ら競業避止義務に違反するような内容を合意したはずはないとの労働者Yの主張も、採用することができない。

そうすると、本件合意書の成立を否定すべき事情はなく、労働者Yが会社Xに対して本件合意書に基づき会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したものというべきであり、争点〔1〕(労働者Yが会社Xに対して会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したかどうか)に関する会社Xの主張は、理由がある。

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2 争点〔2〕(会社Xと労働者Yの競業避止義務に関する合意が公序良俗に反して無効といえるかどうか)について

(1)従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は、従業員の再就職を妨げてその生計の手段を制限し、その生活を困難にする恐れがあるとともに、職業選択の自由に制約を課すものであることに鑑みると、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反して無効であると解するのが相当である。

(2)そこで、本件合意書についてみると、本件合意書は、第1条から第3条まで、秘密保持に関する定めを置き、会社X在職中に知り得た経営上、営業上又は技術上の情報について漏洩・使用等を行わない旨を定めているものと認めることができ、第4条から第6条までは、「前各条項を遵守するため」、「前各条項に違反して」との文言を用いていたことからすれば、当該秘密保持に係る条項を遵守するために、競業避止義務を定めたものと合理的に解することができる

しかしながら、会社Xは、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であって、その具体的な作業については各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従うものとされていたと認めることができる。このような会社Xにおけるシステムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、会社Xがシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、労働者Yがそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もないのであって、会社Xにおいて本件合意書が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。

この点、aは、ITbookに対し、2020年10月15日付け「貴社殿お取引先の株式会社プロフェース・システムズ殿に関するお願い」と題する書面を送付し、労働者Yの転職について縷々述べていたものと認めることができるが、会社Xの秘密漏示のおそれ等について言及していたところはない(なお、会社Xにおいて、専ら派遣先企業の企業情報等に係る秘密について保持すべきであり、したがって従業員が同様に秘密保持義務を負う必要があることは否定し難いものの、当該従業員が当該秘密に係る秘密保持義務を負担する限り、当該情報が漏えいする危険性が高いとはいえず、会社Xとの取引関係にある事業者又は会社Xと競合関係にある事業者への転職あるいは会社Xと取引関係にある事業の開業等を制限することが不可欠であるとはいい難い。)。

(3)次に、前提事実(3)のとおり、本件合意書は、「(1)貴社との取引に関係ある事業者に就職すること」、「(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること」、「(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること」及び「(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること」を禁ずるものと認めることができるところ、いずれも文言上、転職先の業種・職種の限定はないし、地域・範囲の定めもなく、「取引に関係ある」、「競合関係にある」又は「お客先に関係ある」事業者とされ、会社Xの取引先のみならず、会社Xの客先の取引先と関係がある事業者までも含まれており、禁止する転職先等の範囲も極めて広範にわたるものといわざるを得ない。労働者Yは、2019年11月から2020年9月30日まで、システムエンジニアとして従事していたものと認めることができるのであり、このような労働者Yの職務経歴に照らすと、上記の範囲をもって転職等を禁止することは、労働者Yの再就職を著しく妨げるものというべきである。 

(4)さらに、労働者Yは、会社Xに勤務していた期間中、基本給及び交通費の支給を受けていたものと認めることができるにとどまり、手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられておらず、本件合意書においても、労働者Yの負うべき損害賠償義務(第6条)を定めるにすぎず、その代償措置については何らの規定もないのである。

(5)以上のように、会社Xの本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、労働者Yが禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

2023年4月4日火曜日

大陽液送事件・大阪地堺支判令4・7・12・労経速2502-17

 偽装請負によるみなし雇用の主張 → 排斥

※業務遂行上合理的だから派遣には当たらないという論理は正しいか?

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業務遂行の指示

Xらは、一時期、Yの従業員からLINEで搭乗票の内容等を伝えられたこともあったものであるが、これは、Xらにおいて次の出勤日の予定やその変更内容を早期に知りたいとの要望があったことなどから、Yの従業員においてその便宜を図り、A社との間で個別契約が成立したものにつき、その内容を直接伝えるなどしたというものであって、これをもってYがXらに直接指揮命令したものということはできない。

 また、Xらは、交通事情により納入先の指定時間に遅れる場合やタンクの異常による問題が発生した場合等に、直接、Yに連絡して指示を仰ぐことがあったものであるが、本件業務委託契約上、A社は、本件運送業務中に事故が発生するなどした場合、直ちにその旨をYに報告する義務等があるものとされているのであり、上記のような場合にYが直接Xらから連絡を受けて指示を与えたとしても、業務遂行上の合理性があるものということができるから、これをもって直ちにA社が「労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自ら行う」ものに該当しないということはできない。

労働時間に関する指示

Xらは、搭乗票の最終的な決定権限はYにあり、A社はYから送られてきた搭乗票や終業時にXらの提出した日報等を見て実際の労働時間を把握しただけである旨主張するが、搭乗票はYとA社との間で成立した各日の個別契約に基づいて作成されるものであり(申入れにより変更されることもある。)、その最終的な決定権限がYにあるものとは解されないから、Xらの同主張を採用することはできない。

服務規律・配置に関する指示

Xらは、Yの名称が縫い付けられた制服及び業務用ヘルメットの着用をYが命じていたから、A社は「労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行う」ことをしていなかったものであり、また、YがA社の人事権に介入しているため、A社は「労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと」ができなかった旨主張するが、上記制服等の着用を命じていたのはYではなくA社であり(なお、Yの従業員とA社の従業員の制服等を統一することについては、高圧ガスという危険物を取り扱う者の安全を確保し、納入先等に安心感を与えるなどの合理的な理由があるというべきである。)、また、本件全証拠によっても、YがA社の人事権に介入している事実は認められないから、Xらの上記主張を採用することはできない。

資金

Xらは、A社が、ローリー車について適切な対価を出捐していない上、B車庫について使用料を支払っていない一方、有料道路使用料の全額又は大半はYが出捐している旨主張するが、A社は、ローリー車に係る各種費用等を負担しており、また、B車庫に係る土地の賃貸借契約(当初の賃料は月額20万6000円)に基づいてこれを使用しているものである上、有料道路使用料をYが負担することは国土交通省の指導にかなうものであり合理性があるというべきであるから、Xらの上記主張を採用することはできない。

責任

Xらは、YにおけるアルコールチェックがXらの業務従事の可否を最終的に決定するものとなっていた旨や、A社のローリー輸送部門は1年当たり1000万円以上の赤字を出しており事業主としての体をなしていない状態である旨を主張するが、そのような事情が37号告示2条2号ロ該当性を左右するに足りるものとは解されないから、Xらの同主張は失当である(なお、本件運送業務の性質に照らせば、A社に加えてYにおいてもアルコールチェックを行うことについては十分合理性があるというべきである。また、A社が事業主としての体をなしていない事実を認めるに足りる証拠はない。)。

設備

Xらは、A社は、ローリー車について適切な対価を出捐しておらず、B車庫について使用料を支払っていない上、制服やヘルメットを支給していないから、「自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理する」ものではなく、また、A社にはローリー運送業務を行う専門技術・経験がない上、自らが提供していない研修を入社の条件としているから、A社は「自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理する」ものではなく、結局、A社は「単に肉体的な労働力を提供するものでない」旨主張する。

しかしながら、A社が「自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること」又は「自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること」のいずれかに該当するものと認められることは前記アで説示したとおりであるから(なお、A社において自らが提供していない研修を入社の条件としている事実を認めるに足りる証拠はない。)、Xらの上記主張を採用することはできない。

結論

37号告示に照らして検討すると、A社においては自ら独立して請負事業主としてXらを指揮命令しているものと認めるのが相当であり、単にXらの労務をYに提供しているにすぎないものということはできないから、結局、Yは労務者派遣の役務の提供を受けていた旨のXらの主張を採用することはできない。

2023年4月3日月曜日

JYU-KEN事件・東京地裁立川支判R4.9.16・ジャーナル132-58

タイムカードの文書提出命令 認容

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第4 当裁判所の判断

1 一件記録によれば、相手方の従業員に関する出退勤時刻は、サイボウズというソフトウェアを使用したタイムカードにより行われており、2019年2月1日から2020年6月15日までのタイムカードの出退勤時刻の記録については、従業員であった申立人が自らサイボウズから印刷したものを提出していること、2020年6月頃に労働基準監督署が介入したことを契機として、サイボウズ内のタイムカードがロックされたうえ、業務用PCの持ち出しが禁止されてしまい、申立人は、2020年6月16日以降2020年7月31日(申立人の退職日)までのタイムカードが入手できず、本件訴訟に証拠として提出できていないことが認められる。

上記事実によれば、申立人が提出を求めている本件文書(該当期間のタイムカード)については、当然、相手方が管理し、所持しているものと認めるべきである。

2 上記の点に関し、相手方は、申立人が提出を求めている本件文書(該当期間のタイムカード)については、現在、保有又は保管(所持)していない旨主張している。しかし、タイムカードについては、「労働関係に関する重要な書類」として、使用者が5年間(完結の日が起算点)記録保存の義務を負っているもので(2020年法律第13号改正により、従前の3年間が5年間と改正された。)、しかも、違反した場合は罰金の罰則もあり、また、電子データであるので、保管するために場所をとったり、紛失したりするようなこともなく(上記データをあえて削除しているとすれば、相手方が自ら不利になることを避けるために行っているとしか考えられない。)、相手方が現在所持していないとは考え難い

3 相手方は、2020年6月16日から2020年7月31日(申立人の退職日)までの期間の出退勤管理については、それまでと同様、業務日報メール全てを乙12号証の1ないし28として証拠提出し、上記期間の未払賃金につき、多く見積もっても19万1263円程度であると主張している。

しかし、申立人は、業務日報を送信した時刻が現実に業務が終了した時刻ではないと主張しており、本件訴訟では、申立人は、タイムカードの出退勤時刻を基準として時間外労働時間を計算すべきで、多くの裁判例でも同様であると主張し(申立人の2021年6月15日付け準備書面)、相手方が提出する業務日報メールの提出で必要性が充たされるとか、公平であるとはいえない

4 以上から、相手方は、本件文書(該当期間のタイムカード)を所持していると認めるべきで、民事訴訟法220条4号(同号の除外事由がない文書)により、文書提出義務を負っていると認められる。

したがって、申立人の本件申立ては理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり決定する。

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抗告審

3 当審における抗告人の主張に対する判断

抗告人は、

(1)従業員の勤怠管理は業務日報メールで行っており、相手方主張の従業員にサイボウズのタイムカード機能への入力を命じたこともなく、それにより賃金計算をしたこともない、同機能は出退勤しなくとも記録を行うことが可能であり、自動入力された時間を変更することができるなど内容の信用性にも限界がある、また、抗告人がサイボウズ社に問い合わせをしたが抗告人のタイムカードの情報は残されていないと回答を受け、相手方からの情報も得られずタイムカードの情報を取得できなかった、

(2)基本事件においては業務日報が提出されており、仮に相手方主張のタイムカードがあったとしても、上記のような信用性の高いとはいえないものを取り調べる必要はない、

と主張する。

しかしながら、

(1)については抗告人において、上記のタイムカード機能を使用していたことが認められ、そうであれば、導入した抗告人においてタイムカードのデータを保持しているというべきであって、利用契約の契約者である抗告人においてサイボウズ社から入手して提出すること可能であると考えられる。なお、タイムカードの信用性などは文書の所持、保有の事実を左右する事情ではない。

(2)についても、タイムカードの信用性は審理の中で判断されるものであり、受訴裁判所においても必要性があるとしているのであるから、抗告人の主張では本件のタイムカードの取調べの必要性がないとはいえないのであり、抗告人の主張は採用できない。

4 よって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。



日本マクドナルド事件・名古屋地判R4.10.26・ジャーナル132-48

退職合意の無効主張 → 合意は有効と判断

1か月単位の変形労働時間制の無効主張 → 無効と判断

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2 争点1(本件労働契約の合意解約による終了の有無)

(1)本件労働契約の合意解約の成否について

〔1〕g OMは、XにPIPを適用した結果、設定した3つの目標のうち2つが未達成となったこと 及び Xが正社員の職位のうち最も低いマネージャートレイニーの立場にあり更に降格することはできなかったことから、Xに対して退職勧奨を行うこととし、

〔2〕退職時期及び退職金額等の条件について検討した上、あらかじめ本件同意書の文面を作成し、第2回面談(2019年1月27日)において、Xに対して退職時期や退職金額等の退職条件について説明して退職勧奨を行ったこと、

〔3〕Xは、第3回面談(同年2月10日)において、「私は、上記の内容を確認の上、理解、納得しましたので、本書記載の退職条件に基づき、2019年4月30日(日付記載欄は手書きである。)に退職することに同意します。」旨記載がある本件同意書に署名押印したこと

が認められる。

以上のやり取りからすれば、第2回面談におけるg OMの退職勧奨は本件労働契約の合意解約の申込みの意思表示に当たり、これに対して、Xは、第3回面談において本件同意書に署名押印することにより、Yの合意解約の申込の意思表示に対する承諾の意思表示をしたものと認められるから、本件労働契約の合意解約が有効に成立したというべきである。

本件同意書の署名押印までには2回にわたって面談が行われていることや、本件同意書には上記のとおり退職に同意する旨の文言が明記されていることに照らすと、Xが本件同意書への署名押印に際して退職の意思を欠いていたとはいえず、上記合意解約についてXの意思の欠缺による無効事由があるともいえない。

(2)本件退職の意思表示の錯誤無効の主張の当否について

ア 表示の錯誤について

Xは、本件同意書に署名しても、その後に退職届を提出しなければ退職にはならないと考えていたから表示行為に錯誤があると主張する。

そこで検討するに、

本件同意書には前記のとおり退職に同意する旨の文言が明記されていること、

Xがg OMから退職届の提出を含む手続について説明を受けたのは本件同意書に署名した後であり、署名時には別途退職届を提出するとは認識していなかったこと

からすれば、本件同意書の署名押印時に正式な退職の意思表示との認識がなかったというXの主張は採用することができない。

なお、就業規則37条1項において、労働者が自己の都合により退職しようとするときは、少なくとも1か月前に退職願を提出しなければならない旨規定しているが、同規定は、労働者からの一方的意思表示による解約に関する手続を定めたものと解されるから、Yと労働者との間で個別に解約合意が成立する場合に適用されるものではない

したがって、Xが、本件同意書に署名押印することによりした承諾の意思表示について、内心的効果意思と表示との間に錯誤は認められない。

イ 動機の錯誤について

Xは、Xに適用されたPIPの目的及び結果は不当なものであったところ、このことを知らず、また、PIPの結果が目標未達成となったため退職以外に選択肢がないと誤信して本件退職の意思表示をしたから、その動機に錯誤があると主張するので、以下検討する。

(ア)PIPの適用の不当性について

前記認定事実の経過に照らしても、YがXを退職させる不当な目的でPIPを適用したような事情はうかがわれず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない

Xは、PIPの適用に不当な目的があったことを根拠付ける事実として、c店長が2017年度の業績目標を不当に改ざんしたとの事実を主張する。そこで検討するに、後掲の証拠によれば、Xがc店長に提出したとする2017年度業績目標には期末評価欄に「ナイトのTOTL150秒以内にする」との記載がある一方、c店長が評価を入力してYに提出した2017年度業績目標には「ナイトのTOTL100秒以内にする」との記載があり、内容の一部に相違が認められる。しかし、業績目標は従業員と上長とが協議して設定するものであるから、Xとc店長が協議して目標を変更した可能性も考えられるところであり、上記記載が、直ちにc店長がXの評価を下げる目的で業績目標を改ざんしたことをうかがわせるものとはいえない。また、Xの2014年度から2016年度のPDS総合評価は「2」であったことに照らすと、2017年度のPDS総合評価「2」が従前の評価と比較して不当に低いものとなったことはうかがわれない。したがって、Xの上記主張は採用することができない。

(イ)PIPの実施及び評価の不当性について

PIPで課された目標は、本来は店舗に課される目標であり、いずれもXの努力のみで達成できるものではなく、同じ店舗で働く他の従業員の協力や他の従業員の業務効率の改善等が必要な事項であったことを踏まえると、Xにとってやや難度の高い目標であったものと考えられる

他方、

〔1〕PIPでの評価は、目標とされた数値を客観的に達成することのみならずXの取り組む姿勢等も評価の対象とされていたこと、

〔2〕PIP適用通知書には目標を達成するためのアクションプランが詳細に記載され、アクションプランが計画どおりに進まなかった場合には状況に応じて別の計画を立てるものとされていたこと、

〔3〕他の従業員に働きかけを行い、チームで目標を達成することが期待されていたこと、

〔4〕f OCはPIP期間中に6回の面談を行って進捗状況を確認し、都度、改善すべき点を指摘したこと、

〔5〕目標1については、2018年5月頃にも店舗目標として設定され、目標とされた30秒の基準を達成している時間帯もあったこと、

〔6〕目標3については、6回の点検のうち最後の2回は合格水準に達していたこと

に照らせば、Xに課された目標が達成困難なものであったとまではいえない。さらに、Xが尾骨骨折をしたことやPIP期間中に退職者があったことを踏まえても、PIP期間を中止又は変更すべき事情があったとまでは認められない。

このほか、g OM及びf OCが、目標1及び目標3について、設定した基準に到達しなかったことやXの目標達成に向けた姿勢を踏まえてXのPIPの結果を目標未達成としたことについても、不当な評価であったということはできない

Xは、Xがd店長に提出した2018年度業績目標とd店長が評価を入力してYに提出した2018年度業績目標とでは、記載内容の異なる部分があり、これはd店長がXの評価を下げるために2018年度の業績目標の記載内容を改ざんしたものである旨主張する。しかし、上記各文書の記載内容についてみると、〔1〕「所属店舗/エリアのゴール」欄の「結果78.3」の記載の有無及び〔2〕期末評価の「目標/ターゲットに対する進捗(自身で記入)」欄の項目立ての表記に違いが見られるものの、上記〔1〕については年初に設定した目標を記載する欄であって結果について記載するべきものではないから、d店長が表記を訂正したとしても不合理ではなく、上記〔2〕についても実質的な内容の変更に当たるものとはいえないから、これらの記載内容の変更がXの評価を下げる意図で行われたものとは認められない。したがって、Xの上記主張は採用することができない。

(ウ)以上のとおり、XへのPIPの適用及び結果の評価は不当又は恣意的なものであったことはうかがわれないから、g OMがPIPの結果を踏まえてXに退職勧奨を行うこと自体について不合理な点は見当たらない。また、g OMがXに対して退職するほかないなど虚偽の事実を述べたことも認められない

そうすると、X自身が、PIPの結果を踏まえて今後の進退を検討し、退職勧奨に応じることもやむを得ないと考えて本件退職の意思表示をしたと認めるのが相当であって、Xの本件退職の意思表示の動機に錯誤があったとは認められない

ウ 以上によれば、本件退職の意思表示について錯誤無効をいうXの主張は採用することができない。

(3)退職の意思表示の強迫を理由とした取消しの当否について

Xは、f OC及びg OMから本件同意書への署名を執拗に求められるなどし、本件同意書に署名しなければ不当な扱い等を受けるのではないかと畏怖したから、f OC及びg OMの退職勧奨は強迫に当たると主張する。

しかし、

〔1〕第2回面談及び第3回面談はいずれもe店の近くの喫茶店で行われたこと

〔2〕第2回面談では、f OCがPIPの結果についてフィードバックを行った後、g OMが本件同意書に記載された退職条件や再就職サポートについて説明し、その所要時間は約30分であったこと、

〔3〕第3回面談では、Xが本件同意書に署名押印した後、Xが今後行うべき退職手続等について説明がされ、その所要時間は約20分であったこと、

〔4〕退職勧奨の際、f OCは同席せずg OMのみが対応していたこと

が認められる。また、第3回面談は第2回面談から2週間の期間を空けて設定され、この間にXとg OMとの間で退職に関するやりとりがされた形跡も認められないこれらのことに照らすと、f OC及びg OMがXに対して執拗かつ性急に本件同意書に署名押印を求めたというXの供述は信用できず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない

 したがって、Xの強迫による意思表示の取消しの主張は理由がない。

(4)小括

以上のとおり、Yは2019年1月27日(第2回面談)、Xに対して本件労働契約の合意解約の申込みの意思表示をし、これに対してXは同年2月10日に承諾の意思表示(本件退職の意思表示)をしたことが認められるから、XとYは、同日付けで、同年4月30日をもってXがYを退職する旨の有効な合意をしたものと認められる。

そして、Xは、2019年3月8日、Yの担当者に対して口頭で本件退職の意思表示を撤回する旨を告げた(前記認定事実(9))が、同年2月10日付けでXがYを退職する旨の合意は成立したものであるから、その後になされた撤回の意思表示は効力がない

このほか、Xは、2019年2月10日時点で業務により精神疾患を発症していたから本件退職の意思表示は労働基準法19条1項の類推適用により無効であると主張するが、本件労働契約の終了は合意解約によるものであって、YはXを解雇したものではないからXの主張は理由がない

したがって、本件労働契約は、2019年2月10日に成立した合意解約により、同年4月30日付けで終了したことを認めることができる。

よって、本件請求のうち、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求及び労働契約に基づき2019年5月以降の賃金の支払を求める請求については、いずれも理由がない。

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ア 就業規則による変形労働時間制の定め

被告は、就業規則において、店舗マネージャーの労働時間について以下のとおり定めていた。

(ア)所定労働時間は、毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制とし、1か月を平均して1週間40時間以内とする。

(イ)各社員に対して、前月末日までに勤務割で、各週各日の始業・終業時間を通知する。また、出張その他業務上の都合により、管轄事業場外で労働時間の一部又は全部について勤務した場合で、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間勤務したものとみなす。

(ウ)各勤務シフトにおける各日の始業時刻、終業時刻及び休憩時間は、原則として次のとおりとする。

・Oシフト:午前5時~午後2時(休憩時間:午前9時より1時間)実働8H

・Dシフト:午前9時~午後6時(休憩時間:午後1時より1時間)実働8H

・Cシフト:午後3時~午前0時(休憩時間:午後8時より1時間)実働8H

・Nシフト:午後8時~午前5時(休憩時間:午後11時より1時間)実働8H

(エ)原則として、休憩時間は6時間以下の場合は0分、それを超える勤務の場合は1時間とする。ただし、業務の都合上交替で与えることがある。

(オ)週の起算日は月曜日とする。

ウ 被告における勤務時間管理の方法

被告は、従業員の勤務シフトの管理のため、各店舗において以下の資料を作成していた。

(ア)マネージャースケジュール表(以下「マネスケ」という。)は、店長が作成する、社員及びスイングマネージャー(アルバイトだが社員と同様の権限を与えられた者をいう。)の1か月単位の勤務シフトを記載した勤務割である。

(イ)クルーワークスケジュール表(以下「クルスケ」という。)は、アルバイト従業員を含む全従業員の1日の勤務シフトを記載した表であり、1週間単位で作成される。従業員は、遅刻及び早退した場合の理由や、実際の出退勤時間、変更後の休憩時間を書き込むこととされている。

(ウ)勤務表は、マネージャー各自がマネスケによって指定された自己のシフトを事前に勤怠管理システムに入力しておき、実際の出勤及び退勤時に出退勤時刻並びに実際に取得した休憩時間の入力を行い作成されるものである。

エ e店においては、前記アの就業規則に定める勤務シフトとは異なる、独自の勤務シフトを使ってマネスケ及びクルスケを作成していた。

3 争点2(未払割増賃金の有無及び額)

(1)変形労働時間制の有効性

ア 1か月単位の変形労働時間制が有効であるためには、

〔1〕就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、

〔2〕就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけではなく、始業及び終業時刻も定める必要があり、

〔3〕業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる

とされている(労働基準法32条の2第1項、労働基準局長通達1988年1月1日基発第1号、同年3月14日基発第150号)。

これを本件についてみると、Yは就業規則において各勤務シフトにおける各日の始業時刻、終業時刻及び休憩時間について「原則として」4つの勤務シフトの組合せを規定しているが、かかる定めは就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すものである。

そして、現にXが勤務していたe店においては店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されていることに照らすと、Yが就業規則により各日、各週の労働時間を具体的に特定したものとはいえず、同法32条の2の「特定された週」又は「特定された日」の要件を充足するものではない

イ Yは,全店舗に共通する勤務シフトを就業規則上定めることは事実上不可能であり、各店舗において就業規則上の勤務シフトに準じて設定された勤務シフトを使った勤務割は、就業規則に基づくものであると主張する。 

しかし、労働基準法32条の2は、労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化することを目的として変形労働時間制を認めるものであり、変形期間を平均し週40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更することは許容しておらず(労働基準局長通達1988年1月1日基発第1号)、これは使用者の事業規模によって左右されるものではない

加えて、労働基準法32条の2第1項の「その他これに準ずるもの」は、労働基準法89条の規定による就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用されるものと解される(労働基準局長通達昭和22年9月13日発基17号)から、店舗独自の勤務シフトを使って作成された勤務割を「その他これに準ずるもの」であると解することもできない

したがって、Yの主張は採用することができない。

ウ よって、Yの定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。

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(2)消滅時効の抗弁の当否等

事案に鑑み、消滅時効の抗弁の当否等から判断する。

ア 消滅時効1の抗弁の当否

Yは、Xの本件労働契約に基づく未払割増賃金請求のうち2017年3月13日から同年10月31日までの期間に係る部分についての消滅時効1を援用する旨の意思表示をした。

本件労働契約の賃金は原則として毎月末日締め当月25日払いとされていたが、賃金のうち時間外勤務割増手当については、当月25日までに金額を確定させることができないため、翌月25日を支給日とすることが合意されていたことが認められる。

そうすると、Xの請求に係る未払割増賃金のうち、本件訴えの提起日である2019年10月31日から2年前である2017年10月31日の直近の支払日である同月25日支払分までの時間外勤務割増手当に相当する賃金、すなわち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る時間外勤務割増手当は、2年の時効(改正前労基法115条)により消滅したことになる

よって、消滅時効1の抗弁のうち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る部分は理由があり、その余(2017年10月1日から同月31日までの期間に係る部分)は、本件訴訟の提起時に弁済期から2年が経過していなかったことになるから、理由がない。

イ 追加主張2に係る信義則による主張制限の当否

Yは、Xが本件訴訟提起から約1年2か月以上経過後にした追加主張2が信義則に反し許されないと主張するが、Xが同主張を行う前に主張の追加を行わない旨を確定的に表明していたものではなく、その他本件訴訟手続の経過等を踏まえても、追加主張2が信義則に反するものとまではいえないから、Yの上記主張は理由がない。

ウ 追加主張2に係る消滅時効2の抗弁の当否

(ア)Yは追加主張2に係る未払割増賃金請求権のうち2017年3月13日から2019年1月31日までの期間に係る部分について消滅時効2を援用するところ、そのうち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る部分について、時効期間が経過したことは前記アで説示したとおりである。

(イ)そこで、追加主張2に係る未払割増賃金請求権のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分について、消滅時効2の抗弁の当否を検討する。

数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合、訴え提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、上記趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴えの提起により、上記債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解される(2017年法律第45号による改正前の民訴法147条、最高裁昭和31年(オ)第388号同34年2月20日第二小法廷判決・民集13巻2号209頁、最高裁昭和44年(オ)第882号同45年7月24日第二小法廷判決・民集24巻7号1177頁参照)。

また、数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示した訴えの提起は、残部について裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるものではないが、債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、当該訴えの提起は、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生じ、債権者は、当該訴えに係る訴訟の終了後6か月以内に改正前民法153条所定の措置を講ずることにより、残部について消滅時効を確定的に中断することができる(最高裁判所2012年(受)第349号同25年6月6日第一小法廷判決・民集67巻5号1208頁参照)。

これを本件についてみると、Xの未払割増賃金請求のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分は、2019年10月31日に訴えの提起がされており、当初は債権の一部についてのみ判決を求める趣旨であることを明示しないものであったが(当初主張)、その後、追加請求1により明示的一部請求に変更されたことから、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、訴えの提起時(2019年10月31日)において裁判上の催告により時効の中断が生じることになると解される。

そして、追加主張2のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分は、当初主張に係る債権と請求期間を同じくし、債権の同一性を有するところ、Xは、訴訟手続において主張の追加を行わない旨を確定的に表明していたものではなく、訴訟提起から約1年4か月経過後に主張を追加したことを踏まえても、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情があるとは認められない。

(ウ)よって、消滅時効2の抗弁のうち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る部分は理由があり、その余(2017年10月1日から2019年1月31日までの期間に係る部分)は理由がない。

エ 小括

以上より、Xの未払割増賃金請求のうち、2017年10月1日から2019年2月12日までの期間の時間外労働時間数について、以下検討することとする。
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