2023年10月2日月曜日

大器キャリアキャスティングほか1社事件:大阪高判R4.10.14・労判1283-44

副業による健康悪化について安全配慮義務違反を認めた

従業員が望んだ勤務増であっても責任は軽減されない(過失相殺4割)

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ウ 控訴人主張に係る被控訴人Y1社の注意義務ないし労働契約上の安全配慮義務違反の有無

 (ア) 控訴人は、被控訴人Y1社及びa社との各労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数、あるいは、被控訴人Y1社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数を前提として、被控訴人Y1社は、控訴人の心身に異常を来すことがないよう控訴人の業務負担軽減のため、被控訴人Y1社での労働時間を軽減し、又は、労働を制止すべき注意義務ないし労働契約上の安全配慮義務を負っており、これに違反したなどと主張する。

 この点、前記アで指摘したとおり、控訴人についての労働日数及び労働時間数をみれば、法の趣旨に反した連続かつ長時間勤務がなされていたことは明らかというべきである。

 そして、前記1(2)ク、(3)キに認定したとおり、被控訴人Y1社において、その勤務シフトは、同一店舗に勤務する従業員間でシフト表の案を作成し、Cが各店舗を巡回した際にそのシフト表の案を確認し、承認をするという仕組みの下、その内容が確定されていたこと(前記1(3)キ)、Cが勤務シフト調整のための面談に立ち会うなどしていたこと(前記1(2)ク)に照らせば、Cは、被控訴人Y1社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数を認識し、あるいは認識し得る立場にあったと解される

 また、前提事実(2)ア、ウ、前記1(3)オ、カで認定したとおり、a社は、d店において24時間営業を行うにつき、夜間運営業務をb社に委託し、それが被控訴人Y1社に再委託されているという契約関係の下、控訴人が同一の店舗(d店)で給油所作業員として就労していたことに照らせば、被控訴人Y1社は、a社に問合せをするなどして、a社との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間について把握できる状況にあったのであるから、控訴人のa社における兼業は、従業員が勤務時間外の私的な時間を利用して雇用主と無関係の別企業で就労した場合(雇用主が兼業の状況を把握することは必ずしも容易ではない場合)とは異なるということができる。

 (イ) 被控訴人Y1社は、控訴人との間の労働契約上の信義則に基づき、使用者として、労働者が心身の健康を害さないよう配慮する義務を負い、労働時間、休日等について適正な労働条件を確保するなどの措置を取るべき義務(安全配慮義務)を負うと解されるところ、上記のような事実関係によれば、控訴人は被控訴人ら両名との間の労働契約に基づいて、157日という長期間にわたって休日がない状態で、しかも深夜早朝の時間帯に単独での勤務をするという心理的負荷のある勤務を含む長時間勤務(欠勤前の各期間における労働時間は、上記4(2)のとおり)が継続しており、被控訴人Y1社は、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人Y2社との労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていたというべきである。

 しかるに、被控訴人Y1社は、平成26年3月末頃には控訴人がa社との兼業をしている事実を把握したにもかかわらず、兼業の解消を求めることはあったものの、控訴人のa社における就労状況を具体的に把握することなく、同年7月2日に至るまで上記のような長時間の連続勤務をする状態を解消しなかったのであるから、控訴人に対する安全配慮義務違反があったと認められる。

 (ウ) なお、既に認定説示したとおり、被控訴人Y1社及びa社との労働契約に基づく控訴人の連続かつ長時間労働の発生は、控訴人の積極的な選択の結果生じたものであることは否定できず、控訴人は、連続かつ長時間労働の発生という労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動を取っていたものといえる。

 しかしながら、使用者である被控訴人Y1社には、労働契約上の一般的な指揮命令権があるのであり、控訴人が法の趣旨に反した長時間かつ連続の就労をしていることを認識した場合には、直ちにそのような状態を除去すべく、Cが控訴人の希望する被控訴人Y1社における勤務シフトを承認しない等の措置をとることもできたのであるから、上記のような控訴人による積極的な行動があったことは、安全配慮義務違反の有無の判断を直接左右するとはいえず、過失相殺の有無・程度において考慮されるにとどまるというべきである。

 (エ) また、被控訴人Y1社としては、控訴人とa社の労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にはないものの、a社としても、兼業によって違法な長時間連続勤務の状態を継続してまで控訴人を自社の従業員として就労させることに固執するとは考えられず、控訴人に対して軽減措置を取るべき義務が否定されるものではない

 争点7(過失相殺の成否)について

  (1) 控訴人は、被控訴人Y1社と労働契約を締結していたにもかかわらず、a社とも労働契約を締結し、被控訴人Y1社との労働契約上の休日(日曜日)にa社での勤務日を設定して連続勤務状態を生じさせ、Cから勤務の多さについて労働基準法に抵触するほか、自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意され、5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨約束した後も、別途金曜日にa社との労働契約に基づく勤務を入れたり、平成26年4月28日にg店における就労について話し合った際もGの意向に反して自ら就労する意向を通していた(かかる控訴人の行動・態度に照らせば、たとえ被控訴人Y1社が更に別の曜日を休日にするなどの勤務シフトを確定させたとしても、控訴人が独自に交渉するなどして、その休日にa社の下で就労し、または更に異なる事業所で勤務しようした可能性がある。)。

  (2) 他方、被控訴人Y1社としては、いかに上述した契約関係に基づいて24時間営業体制が構築されているとはいえ、控訴人とa社の労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にあるものでもない(それゆえに、Cは、控訴人に注意指導してa社との労働契約を終了するよう約束を取り付けている。)。

  (3) 被控訴人Y1社は基本的に日曜日を休日として設定していること、Cは控訴人に対し、労働法上の問題のあることを指摘し、また、控訴人自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意をした上、控訴人に平成26年5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨の約束を取り付けているにもかかわらず、控訴人が自身の判断において積極的に被控訴人らでの兼業を継続していたこと、適応障害発症の契機となった同年6月26日の事情聴取が必ずしも控訴人の利益を違法に侵害するものであったとはいえないことなど、本件に表れた諸事実を踏まえると、被控訴人Y1社が控訴人に対して賠償すべき損害額を算定するに当たっては、控訴人にも相応の過失があったと認められるのであり、4割の過失相殺をするのが相当と認められる。

株式会社エスプリ事件・東京地判R4.12.2・労経速2520-30

2/3の退職金減額を有効とした

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 2 争点について

  (1) 被告における退職金は、退職時における基本給の月額(上限30万円)に、勤続年数の増加に応じて上昇する支給基準率を乗じて算出された額を支給することとされ、勤続年数が6年未満の者には退職金が支給されないこととされているなど、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持つものである(なお、退職事由によって退職金の支給額に差異が設けられていないことや、勤務成績が優秀であった者等に退職金とは別に退職慰労金を支給することがあるとされていることは、功労報償的性格を有意に減殺する事情であるとまではいえない。)。
 したがって、本件不支給等規定については、被告における退職金の功労報償的性格に照らし、これを適用する合理性が一般的に否定されるものではないものの、賃金の後払い的性格に照らし、原告の被告における勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったと認められる場合に限り、適用が許されると解するのが相当である。
 そこで、以下、検討する。

  (2) 原告の背信行為について
   ア 別口預金の存在に言及するなどして金銭(給与増額)を不当に要求したことについて
 ①現社長は、原告と共に貸金庫に保管してあった別口預金口座から引き出した現金を取りに行った直後に、一旦は、原告に対し、別口預金の口止め料として300万円を支払おうとしたこと、②その際、原告は、過去に被告に国税局の査察が入った際に、その関連で原告の親族の会社や自宅にも査察が入ったことにより、原告の母が行っていたビジネスが打撃を受け、原告の母が損害を被ったことに触れたことについて言及したことを認めていること、③原告は、別口預金の口止め料として300万円を提示されたのに対し、「他の件もある」、「これはいらない。自分の給料を保障してくれないんだったら、これは見合わないからもらえない。」と述べ、300万円では足りないとして、これを受け取らなかったこと、④その後、現社長が考え直して、顧問会計士事務所に依頼して、別口預金について修正申告を行うことにしたこと等の一連の経過に照らし、原告は、①に先立ち、現社長に対し、②を指摘し、また、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求していたものと推認するのが相当であり、現社長は、これをもって、原告から脅迫され、口封じとして金銭を要求されていると受け取っていたことが認められる。
 そして、被告において、平成30年3月期の当期純利益は前年度と比較して増えたものの、被告がかろうじて黒字を維持することができたのは、役員及び原告の大幅な給与減額や前社長の退任による経費削減によるところが大きく、役員及び原告の給与を増額できるような状態ではなかったのであり、経理担当者である原告がこのことを認識していなかったはずはない。そうであるにもかかわらず、原告は、経理担当者であるからこそ知り得た被告の経理情報に基づき、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求したものであるから、かかる原告の行為は、原告から脅迫されたと受け取った現社長との間の信頼関係を大きく毀損したものといわざるを得ず、被告に対する背信行為に当たるというべきである
 なお、原告の前記行為については、本件配転命令という人事上の措置によって対応されたものであるから、重ねてこの点を本件解雇の解雇事由そのものとすることは相当でないが、原告において被告における勤続の功を抹消又は減殺するほどの背信行為があったかを判断するための要素とすることが妨げられるものではない(かかる判断は、原告が本件不支給等規定1号に形式的に該当することを前提に、本件に現れた一切の事情を総合して判断すべきものである。)。

   イ 本件給与減給を承諾していないと虚偽主張をし、給与増額を不当に要求したことについて
 原告は、平成28年3月頃に前社長から大幅な減給を提案された際、強く異議を述べることはしなかったこと、また、原告は、本件給与減額が行われた同年4月以降、被告に対して平成31年1月17日付け請求書を送付するまで、本件給与減額を承諾していないと主張した形跡がないことに照らし、原告は、本件給与減額を承諾していたものと認めるのが相当である。
 もっとも、本件全証拠及び前記認定事実によっても、原告が本件給与減額を明らかに承諾していたとは認めるに足りず、原告が本件給与減額を承諾したことを争い、被告に対して本件給与減額に係る賃金相当損害金を請求したことが、殊更虚偽の主張をして不当な要求をしたものであるとまではいい難い。
 したがって、原告の前記行為が、被告に対する背信行為に当たるとはいえない。

   ウ 本件配転命令に強く抵抗し、業務命令に違反して経理業務の引継ぎを拒否したことについて
 (ア) 原告は、現社長の信頼を失うような言動をして本件配転命令を受け、平成30年12月7日、被告から包括的な引継ぎを命じられたにもかかわらず、同月14日、後任の経理担当者であるFに対して引継ぎを拒否する旨、業務命令には従わない態度を明確にし、その後は、被告から具体的に引継ぎを求められたものについてしか引継ぎをせず、また、被告から具体的に引継ぎを求められた際にも、メインバンクであるK銀行のインターネットバンキングについて誤ったログインパスワードを教えたほか、後任のFが引継ぎを受けに来ても直ちに引き継ぐことはなく、社長の業務命令書の交付を求め、これに応じてFが社長の業務命令書を持参しても、そこに押印がないことを指摘して引継ぎを拒否するなどして、一つの事項について引継ぎをするのにFに何回も足を運ばせることを繰り返したことが認められる。さらに、原告は、被告から具体的に引継ぎを求められなかった経理資料やUSBメモリについては、前訴の係属後になってようやく被告に返還したことが認められる
 そして、原告による以上の業務引継ぎ拒否の結果、①被告は、原告から教えられた誤ったログインパスワードを使用してメインバンクであるK銀行のインターネットバンキングへのログインを複数回試みたため、ロックがかかってしまい、インターネットバンキングを利用することができなくなり、再申込みにより利用を再開できるまでの間、後任の経理担当者であるFは、本来であれば事務所にいながらインターネットバンキングを利用して処理することができる銀行取引について、その都度、銀行の窓口に赴いて処理しなければならない事態となったこと、②原告が給与支払の準備に必要な給与ソフトのパスワードをなかなか引き継いでくれず、経理資料も自宅に保管したまま返還しなかったために、Fは、被告のパソコンに給与ソフトを再設定した上、顧問会計士事務所に保存してあったデータ等を用いてデータを復元して対応することを余儀なくされたこと、③原告がFに対する経理業務の引継ぎを拒否したため、被告は、業務報酬を負担して、G公認会計士に来所してもらい、Fに対して経理業務を指導してもらわなければならなくなったことが認められ、原告が速やかに経理業務の引継ぎを行わなかったことにより、被告及び被告の従業員の業務に大きな支障が生じたことが認められる
 原告が前記対応をする過程で、原告と後任の経理担当者であるF及びFと共に原告から経理業務の引継ぎを受けるために奔走したHとの間の信頼関係は、修復困難な事態に陥ったことが認められる。
 (イ) 以上について、原告は、長年にわたり被告の経理業務を担当していたことから、被告から要求された引継ぎの対象が経理業務を遂行する上で必要かつ重要であること、これらを速やかに引き継がなければ被告及び被告の従業員の業務に支障が生じることについては、十分認識していたものと認められる。他方、原告にとって、被告から要求された引継ぎをすることは、容易であったものと認められる。
 それにもかかわらず、原告は、被告から長年にわたり役員に近い水準の高額な給与の支払を受けていた幹部職員でありながら、合理的な理由もなく業務の円滑な引継ぎをせず、被告及び被告の従業員の業務に支障を生じさせ、その結果、被告との間の信頼関係だけでなく、原告から引継ぎを受けるために奔走した被告の従業員との間の信頼関係も失われるに至らせた。そして、経理業務に支障が生じることは、被告の経営上大きな問題を生じさせるものということができる。そうすると、①インターネットバンキングが利用できない間は、銀行窓口に赴けば必要な取引ができたこと、②給与ソフトのパスワードが開示された後は、原告が自宅に保管していた経理資料がなくとも、経理業務の処理は可能であったこと(争いがない。)、③原告が自宅に保管していたUSBメモリを速やかに引き継がなかったために、経理業務に具体的な支障が生じたことはなかったこと(争いがない。)、④原告が経理資料やUSBメモリを速やかに引き継がなかったことにより、機密情報が漏えいしたことはなかったこと(争いがない。)を考慮しても、原告の前記行為は、被告に対する背信行為に当たるというべきである
 (ウ) なお、原告は、本件配転命令が突然発せられ、原告には後任者の氏名すら伝えられないなど、原告には引継ぎのための十分な時間的余裕がなかったとして、原告が後任者に対する引継ぎに直ちに適切に応じることができなかったことにはやむを得ない面があった旨を主張する。しかし前記ア及びイにおいて説示したとおり、原告は、本件配転命令を受けて被告から包括的な引継ぎを命じられ、かつ、被告から要求された引継ぎをすることは容易であったにもかかわらず、合理的な理由なく、後任の経理担当者であるFに対して引継ぎを拒否する旨、業務命令には従わない態度を明確にするなどの対応をしたものであるから、前記主張には理由がない

  (3) 評価
 前記(2)アのとおり、①原告は、被告が原告の給与を増額できるような状態ではなかったことを認識していたはずであるのに、経理担当者であるからこそ知り得た被告の経理情報に基づき、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求し、原告から脅迫されたと受け取った現社長との間の信頼関係を大きく毀損した。そして、原告は、この件により本件配転命令を受けると、前記(2)ウのとおり、②長年にわたり役員に近い水準の高額な給与の支払を受けていた幹部職員でありながら、合理的な理由なく、本件配転命令に強く抵抗し、業務命令に違反して経理業務の引継ぎを拒否し、長期間にわたり被告及び被告の従業員の業務に支障を生じさせた。そして、その結果、被告の経営上大きな問題を生じさせるとともに、被告との間の信頼関係だけでなく、原告から引継ぎを受けるために奔走した被告の従業員との間の信頼関係も失わせるに至らせたものである。このような原告の行為は、悪質であり、その背信性の程度は著しいものといわざるを得ない(なお、被告は、原告に対する対応として、懲戒解雇を選択せず、普通解雇(本件解雇)を選択したものであるが、そのこと自体により原告の行為の背信性の程度が左右されるものではない。)
 そうすると、原告の行為により被告に生じた業務上の支障を一定程度限定する事情が認められること、さらに、原告が、19年(アルバイトとして勤務した期間を含めると28年)にわたり、被告の経理業務を担当してきたものであって、被告に対する一定の貢献が認められることを斟酌したとしても、原告の行為は、原告の被告における勤続の功を大きく減殺するものであって、その減殺の程度を3分の2とした被告の判断は相当なものであるというべきである。
 したがって、被告が、原告に対し、本件不支給等規定を適用し、退職金の支給額を3分の1に減額したことは有効である。

医療法人社団Bテラス事件・東京地判R5.3.15・労経速2518-7

ハラスメント立証のための秘密録音の証拠能力肯定。

(原告<歯科医師>が、不在時のスタッフ間の会話を秘密録音したもの。また、原告が患者との会話を秘密録音したもの。)

安全配慮義務が尽くされていない場合の不就労賃金請求権肯定。

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 (2) 違法収集証拠

   ア 被告らは、①診療録を写真撮影したもの、②予約画面及び印刷された予約表を写真撮影したもの、③控室におけるスタッフの会話等及び診察ブースにおける患者との会話を秘密録音したものについて、違法に収集された証拠であり、以下の理由から証拠の排除を求めている。
   イ 被告らは、①診療録を写真撮影したもの及び②予約画面等を写真撮影したものについて、証拠の申出が秘密漏洩罪に該当する、証拠の申出が個人情報保護法に違反する、証拠の収集が個人情報保護法に違反する、争いのない事実を立証するものであり、必要性がないと主張する。
 次に、被告らは、③の控室でのスタッフ会話等の秘密録音は、患者や治療にかかる極めて秘匿性の高い個人情報がなされる場所で、会話の秘匿性が担保されていると通常想定して話をしているのであり、かかる場所での会話が録音されることはおよそ想定されておらず、違法性の程度は極めて高いこと、スタッフのブライバシーの侵害、すなわち人格権を侵害する不法な行為であると主張する。
 また、被告らは、③診察ブースでの原告と患者との会話の秘密録音は、診察ブースでの患者と歯科医師との会話であり、患者は法律上の守秘義務を負っている医療従事者を信頼して行われるもので、その場でなされた会話が第三者に開示されることは想定されていない。かかる場における法律上の守秘義務を負うものとの間の会話が事前に許可を得られることもなく録音されることは、違法性が高いと主張する。
ウ 民事訴訟法が証拠能力(ある文書や人物等が判決のための証拠となり得るか否か)に関して何ら規定していない以上、原則として証拠能力に制限はなく、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである場合に限り、その証拠能力を否定すべきである。
 これを本件についてみると、①証拠は、許可なく診療録を写真撮影したもの、②証拠は、許可なく予約画面等を写真撮影したものであるが、これらを前提としても、著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。③証拠は、控室の会話に関する秘密録音の反訳書面で、控室における原告と被告乙山次子との会話、原告が不在時の控室内における本件歯科医院のスタッフの会話を、原告以外の発言者の知らないところでその発言を録音されたというものであって、これを前提としても、当該録音が著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。
 また、甲第107号証は、診察ブースにおける原告と患者との会話の秘密録音の反訳書面である。当該患者は、守秘義務を負っている歯科医師の原告が許可なく、会話を録音し、それを外部に提出することは全く想定していないのが通常であり、当該患者の人格権に関する侵害の度合いは高いことは否定できないが、これを前提としても、録音された当該患者が証拠の排除を求める場合はさておき、少なくとも被告らとの関係においては、著しく反社会的な手段を用いて採集されたものとまではいえないので、証拠能力を肯定すべきである

5 争点4(責めに帰すべき事由の有無)について
  (1) 原告は、就労の意思を有しているが、被告法人が安全配慮義務を怠っているため、就労することができない旨主張する。
 原告は、令和4年5月14日以降就労する旨の意思を表示している(前記認定事実(7))。また、前記2で説示したとおり、被告乙山次子による不法行為が認められる。
    被告らは、本件歯科医院は、P6が実質的に運営を担当し、被告乙山次子は、訪問診療に関わっていること、今後はP3を院長として新たな体制を運営していくことから、原告と被告乙山次子が接触する時間は限定的であり、被告乙山次子が原告に対して指揮命令する場面は生じない旨主張する。
 しかし、口頭弁論終結日における被告代表者は、被告乙山次子である上、矯正に関して次の先生が手配できるまでは、週1、2回は本件歯科医院に出勤する必要があること(被告乙山次子)からすれば、現時点においては、安全配慮義務が尽くされたとはいえず、使用者たる被告法人の責めに帰すべき事由により労務を提供できなかったといえるので、原告は、労働契約に基づく賃金請求権を有する(民法536条2項)

日本アクリル化学事件・名古屋地判令5.2.15・労経速2516-34

米資本。日本唯一の事業所(名古屋工場)の閉鎖、解散。30名の解雇。

解雇有効。不当労働行為否定。14回の団体交渉。

2019年

6月14日 2方針説明会(午前組合、午後全体)

12月18日 閉鎖決定通知

2020年

8月24日 解雇予告通知(9月30日付け解雇)

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【事業】

△△グループでは、グループの複数法人からの役員及び従業員で構成され、特定法人に属しない「事業部」で事業を管理している。名古屋工場は、○○事業部(以下「○○」という。)の所管する工場である。被告は、○○を基本とする△△グループの事業部からの製造指示により製造した製品を、a社を含む各国の△△グループの法人に販売している。

【解雇の合理性】

これに対し、原告らは、被告の経営状況からすれば、名古屋工場閉鎖の必要性はなく、設備投資は閉鎖の口実にすぎないと主張する。しかし、前記のとおり、被告が名古屋工場閉鎖を決定したのは、名古屋工場の継続に必要な安全性改善等のための設備投資が受けられず、事業を継続することができないためであり、被告の経営状況を直接の原因とするものではないし、○○テックセンターが名古屋工場を含む全ての工場について安全性を評価し、設備投資の必要額の見積りをした経緯からして、設備投資が口実にすぎないと認めることはできず、原告らの上記主張には理由がない。

【交渉当事者】

原告らは、被告が名古屋工場閉鎖の決定権限がないにもかかわらず、形式的に団体交渉を継続したと主張する。しかし、現に名古屋工場を操業し、原告組合員らの使用者である被告が原告3労組との団体交渉の主体となるべき者であることは明らかであり、団体交渉の一部では、○○及び△△グループの担当者が出席する機会が設けられたことにも照らせば、被告のみが使用者側の団体交渉の主体として対応したこと自体は、交渉の不誠実性を基礎付けるものとはいえない。

【利益状況資料の不開示】

被告は、被告とa社<親会社>との取引における利益の配分状況に関する資料について、原告X13支部からの開示の求めに応じなかったことが認められるが、上記利益の配分状況について直ちに提出可能な作成済み資料があったことはうかがわれないこと、被告は、利益配分が恣意的になされている可能性があるとの疑念については、資料を作成できない理由とともに、a社との取引について、恣意的に被告の利益を操作できる構造でないことを説明していること、被告は経営状況を説明するための資料として、決算報告書を開示していることを併せ考えれば、上記利益の配分状況に関する資料の求めに対し、被告が不誠実な対応をとったとはいえない。

【検討情報秘匿】

原告らは、被告が、被告の経営状況を操作したことを隠すため、□□プロジェクトでの工場閉鎖の検討を秘匿したと主張する。□□プロジェクトでの会議の議題によれば、○○及び被告は、平成29年頃以降、名古屋工場の閉鎖を想定した議論をしていたことがうかがわれる。しかし、工場閉鎖による影響の大きさを考えれば、説明会の実施前に従業員に対して工場閉鎖を検討中であることを明かさないことは不合理ではなく、被告の経営状況を操作する目的で工場閉鎖の検討を秘匿したということはできないまた、原告らは、平成30年6月22日、被告が「工場閉鎖については聞いていない」との回答をしたことが虚偽であるとする。しかし、被告の経営陣において工場閉鎖の検討をしている段階で、直ちに従業員に対して開示する義務があるとまではいえず、その後、被告が工場閉鎖決定の6か月前に正式に説明をした点を考慮すれば、上記回答をもって被告の対応が誠実性を欠くとまではいえない

【設備投資額の水増し】

原告らは、設備投資額約33億円に、プロセス安全対策に不要な設備投資が含まれており、個別の見積額についても過去に示された見積額よりも大幅に増額していることから、設備投資額が水増しされていると主張する。しかし、被告は、当初の説明会の資料においても、投資の内容として生産能力増強のための付帯設備など、プロセス安全対策以外の内容を含むことを記載しており、団体交渉においても設備投資額にプロセス安全対策以外の工事が含まれていることを認めているから、虚偽の説明をしたとは認められないし、一定規模の設備の改修を行う際に、投資効率の観点から近い将来必要となる改修も併せて行うことは不合理なものではないまた、被告が、設備投資をするに当たって、どのような性能、規模の設備を導入するかについては、経営判断に関する事項であるから、被告又は○○が見積もった設備投資が、原告らが想定する設備投資額を上回ったとしても、不合理であるということはできないし、過去の見積りに関しても、異なる時点での判断であり、必要とされる設備の内容が同一であるともいえないから、原告らの主張を採用することはできない。