2023年7月28日金曜日

伊藤忠商事ほか1社事件・東京地判R4.12.26・労経速2513-3

退職届提出後・退職日前の会社データ持出しによる懲戒解雇 有効

退職金全額不支給も有効

******

2 争点〔1〕(本件データファイル等に営業秘密が含まれるか)について

本件データファイル等が、営業秘密、すなわち「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」に当たるか、本件詳細主張ファイル群を中心に以下検討する。

(1)有用性及び非公知性について

ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ、これらにつきXは具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、

〔1〕飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、

〔2〕投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、

〔3〕現在交渉継続中の案件に関する情報、

〔4〕Y会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、

〔5〕食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は

〔6〕Y会社の保有株式に関する情報

等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない

イ Xは、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、2015年度から2018年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記Xの主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、Xの転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、Xの上記主張は採用することができない。

(2)秘密管理性について

ア 営業秘密につき、秘密管理性が、有用性及び非公知性とは別に要件とされる趣旨は、事業者が営業秘密として管理しようとする対象(以下「対象情報」という。)が明確化されることによって、当該対象情報に接した者が事後に不測の嫌疑を受けることを防止し、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保することにあると解される。そうすると、秘密管理性要件が満たされるためには、対象情報に対する事業者の秘密管理意思が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる必要があるものと解される

イ Y会社においては、Y社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されているほか、Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定されるという、物理的ないし論理的な秘密管理措置がとられている。また、Y会社では、社内ルールにより、従業員が、業務情報を業務目的以外で利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理するシステムを利用すべきこと、個別にクラウドサービスを導入する場合には、リモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこと、機密保持違反に対しては厳正に対処する等が定められ、規範的な秘密管理措置もとられているほか、社内体制や従業員教育面での対処もされており、Y会社の従業員は、Y社内システム及びBoxに保存された情報の少なくとも一部が、秘密として管理されていることを認識すること自体は可能であったということができる。

ウ(ア)もっとも、営業秘密は、不正競争防止法において、刑罰法規の構成要件の一部をなすものであって、事業者の秘密管理意思の対象は、従業員にとって明確でなければならない。このような観点からは、秘密管理措置として十分なものであるといえるためには、対象情報が、営業秘密ではない情報(以下「一般情報」という。)から合理的に区分されている必要があるというべきである。

(イ)これを本件について見るに、本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まり、Xが本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったと認めることができる。そして、デスクトップ領域のみならず、Y社内システム及びBoxの中で、有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかったことからすると、上記Xによる情報の保存方法が、他の従業員のものと比して特異なものではなかったことが推認される。

そうすると、Y社内システム及びBox内に保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態で保存されているのが常態であり、Y会社の従業員において、個々の対象情報が秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをすべきであると容易に認識することはできなかったというべきである。したがって、前記Y会社のとっていた秘密管理措置では、対象情報が一般情報から合理的に区分されているということはできないから、本件データファイル等については、秘密管理性を認めることはできない。

(ウ)なお、Yらは、従業員が、フォルダ内に営業秘密は一切ないとの認識を持つことの方が不自然であり、営業秘密が含まれていることをフォルダ単位で認識することは容易であると主張する。しかし、本件デスクトップフォルダの内容を除けば、Y社内システム及びBoxの個々のフォルダの内容を明らかにする的確な証拠はないから、前記Y社内システム及びBox内に保存されている情報全体と同様に、各フォルダの内容も大部分が一般情報であって、その中に、それと比して相当に少量の対象情報が含まれる状態であったことが推認される。そうすると、そのようなフォルダの全体が対象情報であったとして扱うのは相当ではなく、Yらの上記主張は採用することができない

(3)小括

 以上によれば、本件詳細主張ファイル群は営業秘密には当たらず、本件データファイル等の中で、他に営業秘密に当たり得る情報があると認めるに足りる証拠はない。したがって、本件データファイル等に営業秘密が含まれると認めることはできない。

3 争点〔2〕(本件アップロード行為が不正競争防止法(同法21条3号ロ)違反に当たるか)について

 前記2で説示したとおり、本件データファイル等は営業秘密を含むものではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件アップロード行為が同法21条3号ロに違反する行為に当たるということはできない。

4 争点〔3〕(本件懲戒解雇に客観的合理的な理由があり社会通念上相当な場合に当たるか)

(1)客観的合理的理由の有無について

 本件懲戒解雇に係る客観的合理的理由として、Yらの主張する各懲戒事由があったといえるか、検討する。

ア 法令違反について

 前記3で説示したとおり、本件アップロード行為は、不正競争防止法違反行為には当たらず、「職務に関し、法令に違反する」(Y会社就業規則28条1号)行為であったということはできない。

イ 機密保持違反について

(ア)本件アップロード行為は、Y会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に、有用性及び非公知性があって、機密情報に当たる情報をも含む、Y社内システムの仮想デスクトップ上領域に保存されていた合計3325個、容量合計2.4GBのファイルを内包したフォルダ及びBoxに保存されていたExcelファイルを、社外のクラウドストレージの自己のアカウント領域にアップロードして、Y会社の管理が及ばない領域に移転させたというものである。Xは、これは後任者であるq4後任者への引継ぎのためにしたものであると主張するが、対象となった本件データファイル等の量のほか、その中に含まれる本件詳細主張ファイル群の内容からして、本件データファイル等の大部分は引継ぎには必要ない情報であったと推認される上に、Xが、以前の転職先からY会社に持ち込んでいた情報についても、同様にGoogle DriveのXのアカウント領域にアップロードを試みていることからすれば、本件アップロード行為が引継業務の目的でされたものではなかったことは明らかであるというべきである。この点に関するXの主張は採用することができない。

 そして、本件アップロード行為につき、他に正当な目的の存在をうかがわせる事情がないことからすれば、本件データファイル等がXの転職先であるノルデン社において価値のある情報であったとまではいえないことを踏まえても、本件アップロード行為は、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認することができる

 したがって、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条6号において禁止される、職務上知り得たY会社及び取引関係先の機密情報を「不正に目的外に利用する」行為(同号イ)及び会社の文書、帳簿(電子データ等を含む。)等を「不正に目的外に利用する」行為(同号ロ)に該当する。

(イ)他方、本件アップロード行為から本件データファイル等が削除されるまでの経緯からすれば、本件アップロード行為後に本件データファイル等がXの支配領域から出たことを認めることはできず、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条6号ハの定める「漏洩」行為には当たらないというべきである

(ウ)Xは、Y会社の「情報管理徹底の件」と題する通達の定めからすれば、引継業務について所属長であるq3課長から承諾を得たことにより、機密情報の社外への持ち出しについても承認を得ていたことになると主張する。しかし、「情報管理徹底の件」における機密情報の持ち出しの際の承認についての定めは、当該持ち出しに「業務上の理由」がある場合についてのものであって、業務上の理由がない本件アップロード行為には当てはまらない。

 またXは、Y会社の社内規程や通達相互の間で、社内情報の持ち運び・持ち出しに関する規定内容が整合しておらず、体系的に整理された社内ルールの下で情報管理がされていたとはいえない旨主張する。しかし、社内情報の持ち運び又は持ち出しに関する社内ルールは、いずれも業務上の理由がある場合についての規定であり、仮に、持ち運び・持ち出しに関する規定内容に不整合があったとしても、本件アップロード行為が社内ルール上の禁止行為に当たることは明らかであって、本件アップロード行為が社内ルールに反することの妨げとはならない

 Xはその他るる主張するものの、前記(イ)で説示したとおり、本件アップロード行為が「漏洩」行為に当たらないとする点を除き、いずれも採用することができない。

ウ 公私混同について

 前記イで説示したとおり、本件アップロード行為は、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、Y社内システム及びBoxに保存されていた有用性及び非公知性のある情報を含む極めて大量の情報を、Y会社の管理が及ばない領域に移転する行為であり、他に何らかの正当な目的があることもうかがわれない。したがって、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条4号によって禁止される、「職務上の任務に背き、本人の利益を図」る行為(同号ニ)に該当する。

エ 情報管理に係る社内ルール違反

 Y会社及びその食料カンパニーの情報管理規程、ITセキュリティ管理規則、ITセキュリティ基準によれば、従業員が業務目的以外で業務情報を利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理する会社標準のオンラインファイルストレージ基盤を利用すべきこととし、業務上の理由により個別にクラウドサービスを導入する場合には、IT企画部が指定するリモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこととされていたのであるから、本件アップロード行為は、その内容及び目的からすれば、Y会社の上記社内ルールにも反するものであったということができる。

オ 小括

 以上からすれば、Xは、本件アップロード行為を行ったことにより、「服務規律に違反」し(Y会社就業規則66条1号)、「その他会社の諸規程又は諸規則に関する違反があった」(同条8号)という懲戒事由に該当したものと認めることができる。

(2)社会通念上の相当性について

ア 本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群の重要性

 Y会社は総合商社であり、国内外の企業等に投資をし、商品を国内外の取引先から購入して顧客に販売することが基本的な業態であるところ、当該業態において、情報は付加価値の源泉というべき重要性を有するものと解される。他方、Y会社においては、その業態故に、機密性の高いものを含めて大量の情報を社内外の利害関係者間で適切に共有しつつ、迅速に処理することをも求められているから、営業秘密を個別に指定したり、特定のフォルダでの管理を義務付けたりすることは上記要請と相反するものであって、本件データファイル等について秘密管理性を認めることができるような、対象情報と一般情報を合理的に区分するような管理手法をとることは困難であったと推認される。

 そうすると、Y会社において、シンクライアントシステムが採用されたY社内システムを構築し、クラウドストレージであるBoxを採用することにより,電子データを従業員の端末に保存させないこととし、社内ルールにより情報の管理を定め、サイバーセキュリティの実行組織を設置するなどの措置は、不正競争防止法による保護を受けるには不十分であったとしても、上記情報の業態上の重要性を踏まえて機密情報を保護しつつ、情報処理上の必要性に対応するための合理的な措置であるということができる。したがって、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が営業秘密に当たらないことをもって、これらがY会社にとって重要なものではなく、ひいては本件アップロード行為が悪質でなかったということはできない。

イ 本件アップロード行為の悪質性

 本件アップロード行為は、Y会社において重要であり、合理的な体制により管理されていた有用性及び非公知性のある機密情報を含む大量の情報を、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、Y会社の管理が及ばない領域に無差別に移転する行為であって、本件データファイル等の全部又は一部がXの転職先において有用な情報であったと認めることができないことを踏まえても、Y会社の社内秩序において看過することのできない、極めて悪質な行為といわざるを得ない。 

 なお、本件アップロード行為後に本件データファイル等がXの支配領域から出ていないことは、Y会社がサイバーセキュリティ対策を行って、システム監視やログ分析を行った結果、本件アップロード行為が早期に発覚した結果であるに過ぎないことが推認され、Xに特に有利に考慮すべき事情ということはできない。

ウ 情報流出に係る非違行為の特殊性

 従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。

エ 本件懲戒解雇の相当性

 前記アないしウに説示したとおり、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群がY会社にとって重要であり、本件アップロード行為が悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為としての特殊性を前提とすれば、Y会社の利益を守り、社内秩序を維持する上では、Xが、Y会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為に対し、Y会社に金銭的損害が生じたことを認めることができず、また、XにY会社での懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのもやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないというべきである。

 なお、Xは、Y会社において、過去に、従業員が、機密情報の入ったUSBメモリやパソコンを持ち出して紛失した事案に対し、懲戒処分を科した例がないことをもって、本件懲戒解雇は著しく公平性を欠く旨主張する。しかし、仮に、Y会社において過去にそのような取扱いがあったとしても、過失による紛失例と、大量の情報を、故意にY会社の管理が及ばない領域に移転したという本件アップロード行為を同列に扱うことはできず、Xの主張は採用することができない。

5 争点〔4〕(Y基金は退職金支払義務を負うか)について

(1)前記4で説示したとおり、Xによる職務上知り得たY会社及び取引先の機密情報並びに会社の文書、帳簿の不正な目的外使用、公私混同行為を理由とする本件懲戒解雇は有効であり、Y基金は、Y会社退職年金規程7条、Y基金規約52条3項2号、3号の定めにより、脱退一時金の給付の全部又は一部を行わないことができる。

(2)そして、その範囲については、本件アップロード行為の悪質性、退職が決まった従業員による非違行為を抑止する上での必要性(前記4(2)ウ)のほか、XのY会社での勤務年数が5年に満たないものであることからすれば、退職金に賃金の後払いとしての性質があることを踏まえても、XがY会社において就労した間の功労を覆滅するに足りる著しい背信行為をしたものとして、Xが2020年3月31日付けで自己都合退職した場合に一時金として支払われるべき額から既払金を控除した残額である210万2400円の全額について、不支給とするのもやむを得ないというべきである。

(3)したがって、脱退一時金の支払義務者であるY基金は、Xに対し、第2事件の請求に係る支払義務を負わない。

6 争点〔5〕(Y会社は変動給の支払義務を負うか)について

 XのY会社に対する2020年度の夏期変動給支給請求権が、本件懲戒解雇までに成立していたと認めることはできない。そして、前記4で説示したとおり、本件懲戒解雇は有効であるから、Y会社における扱いに従って、変動給は不支給となり、Y会社は、Xに対し、その支払義務を負わないというべきである。


東急トランセ事件・さいたま地判R5.3.1・労経速2513-25

バス大型2種免許取得費用の貸付けと労基法16条 → 合法

****** 

(2)労基法16条違反

ア 被告は、本件消費貸借契約は、労基法16条に違反し無効である旨主張する。

イ この点、本件においては、前提となる事実のとおり、本件消費貸借契約は、労働契約の履行、不履行とは無関係に定められており、単に労働した場合には返還義務を免除するとされている規定である。加えて、確かに、大型二種免許は、原告会社のバス運転士としての業務に不可欠の資格であるが、国家資格として、被告本人に付与される資格であり、他の業務にも利用できること(なお、被告は、後に交通事故に遭い、資格を生かすことができない旨主張するが、かかる事後的な事情が本件消費貸借契約の有効性に影響を与えるものではない。)、前記のとおり、被告自身も、原告の養成制度を理解した上で本件消費貸借契約を締結したものと認められること、その金額も、31万0800円と被告の月額給与二か月分程度であることなどに照らせば、本件消費貸借契約が、被告の自由意思を不当に拘束し、労働関係の継続を強要するものということはできない

以上によれば、本件消費貸借契約は、原告会社が被告に対して貸付をしたものとして、本来労働契約とは別に返済すべきでものであるが、一定期間労働した場合に、返還義務を免除する特約を付したものと解するのが相当であって、労働契約の不履行に対する違約金ないし損害賠償額の予定であると解釈することはできない

ウ よって、この点に関する被告の主張も採用できない。

******

2023年7月25日火曜日

不動技研工業事件・長崎地判R4.11.16労経速2509-3

 失敗した独立競業への協力による懲戒解雇 無効

******

懲戒解雇の効力について → 無効

(ア)就業規則116条との関係について

前記のとおり、X1の行為は、就業規則119条24号に該当することが認められるにとどまる。

就業規則116条は、服務規律違反について、1項で、適切な指導及び注意を行い、改善を求める旨規定し、2項で、1項にもかかわらず、改善が行われず、企業秩序維持のため必要があるときに、懲戒処分を行う旨規定するが、上記X1の行為について、本件懲戒解雇前に、Yが指導又は注意をした形跡は認められない。

(イ)懲戒処分の相当性について

Yは、就業規則116条2項について、当該服務規律違反行為の態様、性質上、指導又は注意による改善等の余地がないような場合に、これを経ずに、懲戒処分をすることが許容されるとの解釈の下、就業規則119条24号も適用して、本件懲戒解雇をしたものとも考えられるが、その是非はさておき、次のとおり、X1について、本件懲戒解雇をしたことは、懲戒権を濫用したものとして、労働契約法15条により無効であると認められる。

P5による競業会社の設立及び新会社へのY従業員の転職の勧誘は、本件Xらを含め、Yの住友電装及びNTC関連業務と競合する事業を立ち上げるのに必要な人員を確保して、新会社で事業を行うことを企図したものであり、これが実現すれば、Yの事業に一定の不利益を与えるものであったということができる。

もっとも、P5の上記計画は実現しておらず、P5が働きかけた神奈川事業所の管理者・役職者の中で、ある程度、具体的に協力したのはX1にとどまり、その実現可能性は、さほど高いものであったとは認められない。X1は、同計画が具体化する当初から、P5から相談を受け、随時、協議を重ねてきたものであるが、前記認定の経過から、終始、従属的な立場にあったことは明らかであり、Y従業員への具体的な働きかけは、等級面談の際に意向を確認したことが認められるにとどまりこれにより、上記計画の実現に向けた具体的な成果に結び付いたことや、Yの職場規律、社内秩序及び職場環境に具体的な影響が生じたことは認められない。また、Yは、P5の退職直後に、P5に貸与していたメールアドレスの調査を端緒として、上記計画について把握したところ、これに基づき、関係者に事情を聴取し、業務上の指示等をするなど適切な措置を講じることにより、P5による上記計画の実現を防止することが困難である程度に、同計画が進展していたとは認められない。

これらの諸事情に加え、X1に懲戒処分歴がないことや、P5が退職届を提出した頃まで、新会社設立を企図していることを認識していたP6常務が平取締役となったにとどまり、1月30日会議で新会社設立構想の説明を受けたP9部長が注意処分を受けたにとどまることとの均衡も考慮すると、上記非違行為について、上記諸事情を情状として適切に考慮せずに、就業規則119条に基づき解雇したことは、社会通念上相当であるということはできず,懲戒権を濫用したものと認められる

******

名誉棄損について → 肯定

ア 名誉棄損該当性・違法性

前提事実、前記認定事実のとおり、Yが本件各懲戒処分について公表したことは、Xらの社会的評価を低下させるものであり、名誉棄損に該当すると認められる。

Yは、前記のとおり、懲戒処分運用規程12条に基づく社内への公表や、取引先への説明としてしたものであり、違法性がない旨主張するが、前記のとおり、本件懲戒解雇及び本件降格処分は懲戒権を濫用したものとして無効であり、本件諭旨解雇は懲戒事由に該当するとは認められず無効であるから、Y主張の根拠を欠き、上記名誉棄損について、違法性は阻却されない。

イ 損害

(ア)慰謝料

前記認定事実によれば、Xらは、本件各懲戒処分の公表により精神的苦痛を受けたと認められるところ、その慰謝料額は、上記と同様、本件各懲戒処分の公表内容や懲戒事由・服務規律違反の存在等の諸事情を総合考慮して、X3につき50万円、X1及び同P2につき各30万円と認めるのが相当である

(イ)弁護士費用

 上記慰謝料額に鑑み、X3につき5万円、X1及び同P2につき各3万円と認めるのが相当である。


セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京高判R4.11.16・労経速2508-3

事業場外労働のみなし労働時間制の否定、資料不開示と付加金

******

事業場外労働のみなし労働時間制の否定

 (1)労基法38条の2第1項によれば、事業場外労働みなし制を適用するためには、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事し」、かつ「労働時間を算定し難い」ことを要する。この点、「労働時間を算定し難い」ときに当たるか否かは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるかという観点から判断することが相当である(最高裁判所2012年(受)第1475号同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁参照)。

(2)ア 前提事実及び認定事実によれば、

原告の業務は、営業先である医療機関を訪問して業務を行う外回りの業務であり、基本的な勤務形態としては、被告のオフィスに出勤することなく、自宅から営業先に直行し、業務が終了したら自宅に直接帰宅するというものであったことが認められる。

そして、原告の各日の具体的な訪問先や訪問のスケジュールは、基本的には原告自身が決定しており、上司であるエリアマネージャーが、それらの詳細について具体的に決定ないし指示することはなく、各日の業務スケジュールについては原告の裁量に委ねられていたといえる。被告は、原告を含むMRに対し、週1回、訪問した施設や活動状況を記載した週報を上司であるエリアマネージャーに提出するよう指示していたが、証拠によれば、週報の内容は、何時から何時までどのような業務を行っていたかといった業務スケジュールについて具体的に報告をさせるものではなかったことが認められる。

イ しかし、週報は、エクセルの1枚の表に、1週間単位で、当該MRが担当する施設ごとに、業務を行った日付とその内容とを入力するものであり、内容欄のセルには相当の文字数の文章を自由に入力することができるから(書証略)、Yは、MRに対し、週ごとに、事後的にではあるが、MRが1日の間に行った業務の営業先と内容とを具体的に報告させ、それらを把握することが可能であったといえる。

 また、週報には始業時刻や終業時刻等の記入欄はないものの、Yは、2018年12月、従業員の労働時間の把握の方法として本件システムを導入し、MRに対して、貸与しているスマートフォンから、位置情報をONにした状態で、出勤時刻及び退勤時刻を打刻するよう指示した上、月に1回「承認」ボタンを押して記録を確定させ、不適切な打刻事例が見られる場合には注意喚起などをするようになった。そうすると、2018年12月以降、Yは、直行直帰を基本的な勤務形態とするMRについても、始業時刻及び終業時刻を把握することが可能となったものといえる。

 そして、Yは、本件システムの導入後も、MRについては一律に事業場外労働のみなし制の適用を受けるものとして扱っているが、月40時間を超える残業の発生が見込まれる場合には、事前に残業の必要性と必要とされる残業時間とを明らかにして残業の申請をさせ、残業が必要であると認められる場合には、エリアマネージャーからMRに対し、当日の業務に関して具体的な指示を行うとともに、行った業務の内容について具体的な報告をさせていたから、本件システムの導入後は、MRについて、一律に事業場外労働のみなし制の適用を受けるものとすることなく、始業時刻から終業時刻までの間に行った業務の内容や休憩時間を管理することができるよう、日報の提出を求めたり、週報の様式を改定したりすることが可能であり、仮に、MRが打刻した始業時刻及び終業時刻の正確性やその間の労働実態などに疑問があるときには、貸与したスマートフォンを用いて、業務の遂行状況について、随時、上司に報告させたり上司から確認をしたりすることも可能であったと考えられる。

 そうすると、Xの業務は、本件システムの導入前の2018年11月までは、労働時間を算定し難いときに当たるといえるが、本件システムの導入後の同年12月以降は、労働時間を算定し難いときに当たるとはいえない。

ウ Xは、当審において、労基法38条の2第1項により事業場外労働のみなし制の適用を受けるためには、雇用契約書又は就業規則により同項の適用があることを明記しなければならないと主張するが、事業場外労働のみなし制は、労基法の規定に基づく制度であり、雇用契約書又は就業規則に別途定めを置くことは要件とされていないから、Xのこの主張は採用することができない。

エ 以上によれば、XのYにおける業務は、事業場外での労働に当たり、本件システムの導入前の2018年11月までは、労働時間を算定し難いときに当たり、事業場外労働のみなし制が適用されるが、同年12月以降は、労働時間を算定し難いときには当たらず、事業場外労働のみなし制は適用されない。

******

付加金と訴訟前資料不開示

Xは、当審において、Yが訴訟の前に資料の開示を拒んだことが紛争の長期化の原因となったから、付加金を認めるに十分であると主張するが、資料の開示の拒否を理由として付加金の支払を命ずることはできないから、Xの主張は失当である。


東海交通機械事件・名古屋地判R4.12.23労経速2511-15

 パワハラと損害の因果関係判断と損害認定

******

5 争点(3)(被告bによるパワハラ行為及び被告会社による嫌がらせ行為と原告の左網膜周辺部変性、適応障害及びパニック障害との間に因果関係が認められるか)について

(1)左網膜周辺部変性について

認定事実によれば、原告は、平成30年4月27日、1年以上前から、黒い点がふわふわ動いて見えるという症状を訴えて、同病院の眼科を受診し、同月22日、左網膜周辺部変性と診断を受けている。

しかしながら、原告が被告bから暴行を受けたのは、平成28年7月頃から同年12月29日までの間であり、原告が受診し左網膜周辺部変性と診断を受けるまで1年以上の期間が経過している原告は、医師に対し、1年以上前から症状が出ていることを説明しているが、症状発現の正確な時期は明らかではなく、原告に加えられた暴行が左網膜周辺部変性の発症にどのように寄与するかも明らかではない原告を診断した医師も、原告の主訴を踏まえて、外傷(職場上司の平手打ち)が原因で生じた可能性があると診断しているに過ぎない。以上を踏まえると、被告bによる暴行と原告の左網膜周辺部変性との間に因果関係を認めることはできない。

(2)適応障害について

認定事実によれば、原告は、平成29年1月5日、半年くらい前から会社で暴力やいじめを受けており、熟睡できない、朝どうしても会社に行きたくないと思う、気分が晴れずもんもんとした日々を過ごしているなどと訴えて、稲沢厚生病院精神科を受診し、上司との軋轢をストレス因とする適応障害と診断されている。

前記3で説示したとおり、原告は、平成28年7月頃から同年12月29日までの間、被告bから暴力を含む継続的なパワハラ行為を繰り返し受けており、同日には、左耳を平手打ちされ、左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷の傷害を受けており、強度の心理的負荷を受けていたものと認められる。

そうすると、原告に発症した適応障害は、被告bによる継続的なパワハラ行為によって発症したものと認められる

(3)パニック障害について

認定事実によれば、原告は、平成30年4月27日、朝礼や満員電車に乗っているときに動悸、呼吸苦、発汗、浮動感などを自覚し、つらくなるといった症状を訴えて、稲沢厚生病院精神科を受診し、パニック障害、広場恐怖症と診断されている。また、その後も、平成31年3月30日、いなざわこころのクリニックでパニック障害、広場恐怖症と診断され、令和元年6月28日、ひだまりこころクリニックでパニック障害と診断されている。

原告のパニック障害と被告bのパワハラ行為との因果関係について、愛知労働局の精神障害専門部会は、原告が平成29年1月20日に稲沢厚生病院を受診後、同院を平成30年4月27日まで約1年3か月間受診していないことについては、平成29年に処方された薬が合わなかったこと、医師の対応に不満があったからであって、その後も症状が続いていたとし、原告が平成29年2月にd支店に異動した以降も、被告bがd支店を訪れて原告と接近するたびに被告bから受けた暴行を思い出し、激しい動悸や耳鳴りの症状が現れていること、平成30年1月頃に下請業者の他は原告と被告bが二人きりで検修を行うことが企画されたことを知った原告が、倦怠感や気分の落ち込みに加え、呼吸不全や異常な発汗などの症状がひどくなって、同年4月27日に稲沢厚生病院精神科を受診したことから、平成28年12月下旬頃に発症した適応障害が寛解に至っておらず、継続したものと判断し、原告のパニック障害と被告bのパワハラ行為の因果関係を認めている。

しかしながら、認定事実によれば、原告は、稲沢厚生病院精神科で処方された薬を1錠しか服用しておらず、平成30年4月27日には再度、同病院精神科を受診し、同じ医師の診断を受けていることから、薬が合わなかった、医師の対応に不満があったという、同日までの約1年3か月間受診をしなかった理由の信用性には疑いがあり、その間、症状が続いていたことを認めるに足りる証拠もない。また、認定事実のとおり、原告の担当する現場に被告bが割り当てられるような検修が予定されたのは、平成31年1月であり、これを知った原告の症状がひどくなったために同病院精神科を受診したという事実は誤りである。認定事実によれば、原告は、平成30年4月27日には、朝礼や満員電車に乗っているときに動悸、呼吸苦、発汗、浮動感などを自覚して同病院精神科を受診したのであって、被告bと接近して、被告bから受けた暴行を思い出して症状が現れたといった説明は全くしていない。原告は、同年7月7日に同病院精神科を受診した際には、被告bと一緒にいるとパニックになる旨医師に話していると認められるが、同日には、被告bによる暴力事件とパニック障害の関係について、労基や警察に提出するための書類を作れないか相談をしており、その話の内容を信用できるか疑問が残る。したがって、愛知労働局の精神障害専門部会の判断は、前提事実に誤りがあるため信用性は認められない。

原告が平成29年1月20日に稲沢厚生病院精神科を受診した後、約1年3か月間、適応障害について病院を受診していないことについて合理的理由が明らかでないこと、パニック障害と診断された当初、原告が症状の出現と被告bの暴行との関連について全く言及していないこと、原告を適応障害と診断した同病院精神科の医師が、一般的に暴力を受けたこととパニック障害、広場恐怖症に関連があるとはいえないとして、原告のパニック障害と被告bの暴行との因果関係を診断書に記載することを断っていることに鑑みると、原告の適応障害は、平成29年1月20日に稲沢厚生病院精神科を受診してから平成30年4月27日に再度受診するまでの間に寛解していた可能性が否定できず、他に原告のパニック障害が被告bによるパワハラ行為に起因していると認めるに足りる事情はないから、原告のパニック障害と被告bによるパワハラ行為の間に因果関係を認めることはできない。

6 争点(4)(原告の損害額)について

(1)治療費 2万4450円

原告が左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷並びに適応障害で治療を受けたことは、被告bによるパワハラ行為及び被告会社の安全配慮義務違反(以下、「被告らの本件行為」という。)との因果関係が認められるが、それ以外の治療費については、被告らの本件行為との因果関係を認めることができない。そうすると、原告が主張する治療費のうち、平成29年1月30日までの治療費が損害として認められる。証拠によれば、治療費の合計額は、2万4450円である。

(2)通院交通費 873円

平成29年1月30日までの治療にかかる交通費について、被告らの本件行為と因果関係のある損害と認める。1キロメートル当たりのガソリン代を15円とし、原告の自宅からいなざわ東耳鼻咽喉科までの距離を2.1キロメートル、稲沢厚生病院までの距離を8.3キロメートルとすると、いなざわ東耳鼻咽喉科への通院回数が2回、稲沢厚生病院への通院回数が3回であるから、通院交通費は次のとおり873円となる。

(15円×2.1×2×2)+(15円×8.3×2×3)=873円

(3)通院慰謝料 150万円

被告bは、約半年間にわたって、社会通念上許容される限度を超えた業務指示や暴行を含む威圧的な言動を繰り返し、被告会社も被告bの行為を放置した結果、平成28年12月29日の傷害行為によって、原告に左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷の傷害を負わせ、適応障害を発症させている。このようなパワハラ行為の内容、継続期間、原告の傷害の程度を踏まえると、原告の精神的苦痛を慰謝する金額は150万円が相当である。

(4)後遺障害逸失利益

前記で説示のとおり、原告の左網膜周辺部変性とパニック障害は、被告らの不法行為との間に因果関係が認められない。

また、原告は、原告が被告bのパワハラ行為によって負った左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷並びに適応障害により、左耳が聞こえにくくなり、左耳がボーンと耳鳴りがしたり、眩暈の症状が出るようになったとし、かかる後遺障害が自賠法施行令別表第二の14級9号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると主張する。しかしながら、原告にかかる症状が生じているか明確でない上、かかる症状が左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷並びに適応障害により生じているかも明らかでなく、被告らの本件行為との間に因果関係を認めることはできない。

したがって、原告に後遺障害が残存していると認めることはできない。

(5)後遺障害慰謝料

原告には後遺障害がないから、後遺障害慰謝料は認められない。

(6)文書料(カルテ開示料) 6430円

いなざわ東耳鼻咽喉科と稲沢厚生病院に対するカルテ開示のための費用は、被告らの本件行為と相当因果関係にある損害と認める。その額は、6430円である。

(7)損益相殺 6870円

原告は、(1)の治療費のうち、平成28年12月29日にいなざわ東耳鼻咽喉科で支払った治療費3180円及びだいもん調剤薬局で支払った薬代800円,平成29年1月21日にいなざわ東耳鼻咽喉科で支払った治療費1900円及びだいもん調剤薬局で支払った薬代990円については、労災の療養補償給付を受けている。(彦根労働基準監督署に対する調査嘱託の回答)この合計額6870円は、治療費から控除される。

(8)小計 152万4883円

 (1)、(2)、(3)、(6)の合計額から(7)の額を控除すると、152万4883円となる。 

(9)弁護士費用 15万2000円

 本件訴訟の経緯及び事案の内容を踏まえると、弁護士費用は、15万2000円とするのが相当である。

(10)合計 167万6883円

 (8)、(9)の合計額は、167万6883円である。

7 結論

よって、原告の請求は、被告b及び被告東海交通機械株式会社に対し、連帯して167万6883円及びこれに対する平成28年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

2023年7月12日水曜日

インジェヴィティ・ジャパン合同会社事件・東京地判R4.5.13・労経速2507-14

協調性欠如などによる普通解雇 有効

******

<小規模事業場である点の考慮>

Yは、Xを含めて5名が所属し、2室からなる事務所で勤務しており、このうちCapa事業は、RSMのXとCSRのP2という組合せで運営されていたものである。また、CSRであるP9及びP2は、共通する上司であるP11に属し、X及びその上司であるP3、P4及びその上司であるP5という二つのレポートラインを跨る組織に所属し、GAは、これら営業事務とは異なり、P5の下で、オフィス管理等の経理・総務事務を担当し、Xを含む全員と連携すべき立場にあったというべきである。このようなYの組織構造及び人的関係に照らすと、従業員間の緊密な協調・連携が強く要求され、特にCapa事業を適切に運営するためには、これに関与するP2との連携は不可欠であったということができるのであって、Xの協調性の欠如は、Capa事業に係る職務の懈怠に当たることはもちろん、従前事業に係るP11及びP9の業務や両事業に関与するGAの業務にも影響し、Yの事業全体に直ちに支障を及ぼすものということができる。

******

<配転・在宅勤務による解決の困難性>

そして、Xは、Capa事業の承継に伴ってXXジャパンからYに転籍した者であって、Yの従前事業についてはP3が担当していることからすると、Xを他部署に配置転換することは困難であるし、Yの事務所の物理的環境に照らせば、Xを配置転換したとしても、当該問題は解消されることが期待できない。なお、Xは、Yにおいてもフレックスタイム制、在宅勤務制を認める余地があり、XがP9やP2と事務所において顔を合わせて勤務するまでの必要はないと主張するが、上記において認定したとおり、Xの上記課題は、いずれもXのP2に対するメール、XのGAに対するメール、Xの顧客に対するメールにおいて顕在化しており、直接的な交流の有無により解消されるものであるということはできない


2023年7月5日水曜日

日本マクドナルド事件・名古屋地判R4.10.26・労経速2506-3

PIPルールが認定に書いてあり、参考になる

******

動機の錯誤を否定

…以上のとおり、XへのPIPの適用及び結果の評価は不当又は恣意的なものであったことはうかがわれないから、g OMがPIPの結果を踏まえてXに退職勧奨を行うこと自体について不合理な点は見当たらない。また、g OMがXに対して退職するほかないなど虚偽の事実を述べたことも認められない。

そうすると、X自身が、PIPの結果を踏まえて今後の進退を検討し、退職勧奨に応じることもやむを得ないと考えて本件退職の意思表示をしたと認めるのが相当であって、Xの本件退職の意思表示の動機に錯誤があったとは認められない。

以上によれば、本件退職の意思表示について錯誤無効をいうXの主張は採用することができない。

******
強迫を否定

Xは、f OC及びg OMから本件同意書への署名を執拗に求められるなどし、本件同意書に署名しなければ不当な扱い等を受けるのではないかと畏怖したから、f OC及びg OMの退職勧奨は強迫に当たると主張する。

しかし、
〔1〕第2回面談及び第3回面談はいずれもe店の近くの喫茶店で行われたこと
〔2〕第2回面談では、f OCがPIPの結果についてフィードバックを行った後、g OMが本件同意書に記載された退職条件や再就職サポートについて説明し、その所要時間は約30分であったこと
〔3〕第3回面談では、Xが本件同意書に署名押印した後、Xが今後行うべき退職手続等について説明がされ、その所要時間は約20分であったこと
〔4〕退職勧奨の際、f OCは同席せずg OMのみが対応していたことが認められる。

また、第3回面談は第2回面談から2週間の期間を空けて設定され、この間にXとg OMとの間で退職に関するやりとりがされた形跡も認められない。

これらのことに照らすと、f OC及びg OMがXに対して執拗かつ性急に本件同意書に署名押印を求めたというXの供述は信用できず、他に上記事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、Xの強迫による意思表示の取消しの主張は理由がない。
******
変形労働時間制を無効と判断

(1)変形労働時間制の有効性
ア 1か月単位の変形労働時間制が有効であるためには、

〔1〕就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、
〔2〕就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけではなく、始業及び終業時刻も定める必要があり、
〔3〕業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる

とされている(労働基準法32条の2第1項、労働基準局長通達1988年1月1日基発第1号、同年3月14日基発第150号)。

これを本件についてみると、Yは就業規則において各勤務シフトにおける各日の始業時刻、終業時刻及び休憩時間について「原則として」4つの勤務シフトの組合せを規定しているが、かかる定めは就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すものである。そして、現にXが勤務していたe店においては店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されていることに照らすと、Yが就業規則により各日、各週の労働時間を具体的に特定したものとはいえず、同法32条の2の「特定された週」又は「特定された日」の要件を充足するものではない。

イ Yは,全店舗に共通する勤務シフトを就業規則上定めることは事実上不可能であり、各店舗において就業規則上の勤務シフトに準じて設定された勤務シフトを使った勤務割は、就業規則に基づくものであると主張する。 

しかし、労働基準法32条の2は、労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化することを目的として変形労働時間制を認めるものであり、変形期間を平均し週40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更することは許容しておらず(労働基準局長通達1988年1月1日基発第1号)、これは使用者の事業規模によって左右されるものではない。加えて、労働基準法32条の2第1項の「その他これに準ずるもの」は、労働基準法89条の規定による就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用されるものと解される(労働基準局長通達昭和22年9月13日発基17号)から、店舗独自の勤務シフトを使って作成された勤務割を「その他これに準ずるもの」であると解することもできない

したがって、Yの主張は採用することができない。

ウ よって、Yの定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。
******
締め日と支払日についての規則とは異なる合意認定

前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、本件労働契約の賃金は原則として毎月末日締め当月25日払いとされていたが、賃金のうち時間外勤務割増手当については、当月25日までに金額を確定させることができないため、翌月25日を支給日とすることが合意されていたことが認められる。そうすると、Xの請求に係る未払割増賃金のうち、本件訴えの提起日である2019年10月31日から2年前である2017年10月31日の直近の支払日である同月25日支払分までの時間外勤務割増手当に相当する賃金、すなわち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る時間外勤務割増手当は、2年の時効(改正前労基法115条)により消滅したことになる。
******
一部請求と消滅時効

ウ 追加主張2に係る消滅時効2の抗弁の当否
(ア)Yは追加主張2に係る未払割増賃金請求権のうち2017年3月13日から2019年1月31日までの期間に係る部分について消滅時効2を援用するところ、そのうち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る部分について、時効期間が経過したことは前記アで説示したとおりである。
(イ)そこで、追加主張2に係る未払割増賃金請求権のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分について、消滅時効2の抗弁の当否を検討する。
 数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合、訴え提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、上記趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴えの提起により、上記債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解される(2017年法律第45号による改正前の民訴法147条、最高裁昭和31年(オ)第388号同34年2月20日第二小法廷判決・民集13巻2号209頁、最高裁昭和44年(オ)第882号同45年7月24日第二小法廷判決・民集24巻7号1177頁参照)。また、数量的に可分な債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示した訴えの提起は、残部について裁判上の請求に準ずるものとして消滅時効の中断の効力を生ずるものではないが、債権者が将来にわたって残部をおよそ請求しない旨の意思を明らかにしているなど、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、当該訴えの提起は、裁判上の催告として消滅時効の中断の効力を生じ、債権者は、当該訴えに係る訴訟の終了後6か月以内に改正前民法153条所定の措置を講ずることにより、残部について消滅時効を確定的に中断することができる(最高裁判所2012年(受)第349号同25年6月6日第一小法廷判決・民集67巻5号1208頁参照)。
 これを本件についてみると、前記前提事実(8)のとおり、Xの未払割増賃金請求のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分は、2019年10月31日に訴えの提起がされており、当初は債権の一部についてのみ判決を求める趣旨であることを明示しないものであったが(当初主張)、その後、追加請求1により明示的一部請求に変更されたことから、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情のない限り、訴えの提起時(2019年10月31日)において裁判上の催告により時効の中断が生じることになると解される。
 そして、追加主張2のうち2017年10月1日以降の期間に係る部分は、当初主張に係る債権と請求期間を同じくし、債権の同一性を有するところ、Xは、訴訟手続において主張の追加を行わない旨を確定的に表明していたものではなく、訴訟提起から約1年4か月経過後に主張を追加したことを踏まえても、残部につき権利行使の意思が継続的に表示されているとはいえない特段の事情があるとは認められない。
(ウ)よって、消滅時効2の抗弁のうち、2017年3月13日から同年9月30日までの期間に係る部分は理由があり、その余(2017年10月1日から2019年1月31日までの期間に係る部分)は理由がない。
******
パソコンでの時刻入力を信用

Xは、各出勤日において、パソコンで出勤時刻及び退勤時刻並びに休憩時間を入力しており、これに基づいて作成された勤務表は、Xの労働時間を記録したものとして基本的には信用することができるというべきである。
******
店舗外に出られなくとも休憩と認めた

これに対し、Xは、深夜の休憩時間は店舗外に出ることができなかったことや休憩時間と申告していても実際には業務を行っていたことなどから、これらの時間を労働時間に算入すべきである旨主張する。

そこで、e店における業務についてみると、同店では、深夜勤務の時間帯は、基本的にマネージャーは1人しか置かれていなかったこと、Yは従業員の安全確保のため、マネージャーが店内の見えるところにいなければいけないことや店内に必ずマネージャーを含む従業員が3人以上いることを定めていることからすれば、深夜勤務において、Xが休憩時間中に店舗外に出ることができない状態が生じていたものと認められるしかし、このことによって直ちに、Xが休憩時間もYの指揮命令下で労務の提供を行う状態に置かれていたということはできず、本件各証拠を検討しても、Xが休憩時間中にも顧客対応その他の労働契約上の役務の提供が義務付けられていたと認めるに足りる証拠はない。したがって、Xの主張は採用することができない。
******
文書提出命令の却下

6 文書提出命令について

Xは、2021年8月11日、Yを文書の所持者とし、Yが証拠として提出したe店のマネスケに含まれていなかった2017年9月分及び2018年11月分のマネスケに係る文書提出命令の申立て(当庁2021年(モ)第376号)をし、Yは、申立てに係る文書は現存していないと主張している。

そこで検討するに、Xは、文書提出命令の申立てにおける証明すべき事実として、マネスケが前月末日までに作成されておらず、就業規則の定めに基づいて変形期間の開始前までに各日の勤務割が特定されていなかったことを主張しているところ、既に提出済みの証拠によっても変形労働時間制は無効であることが認められるから、申立てに係る文書の取調べの必要性を認めることができない。したがって、上記文書提出命令の申立てを却下することとする。
******


2023年7月3日月曜日

lTサービス事業A社事件・東京地判R4.11.16労経速2506-28

在宅勤務者への出社命令無効

****

2 争点(1)ア(Xが2021年3月4日以降に労務の提供をしていないことはYの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものか)について

(1)前記認定事実によれば、Xは、2021年3月4日以降、労務を提供していないのは、それまでは自宅で勤務をしていたにもかかわらず、本件出社命令により、Yの事務所への出社を命じられたためと認められる。そこで、本件出社命令の有効性について検討する。

(2)ア 証拠によれば、本件労働契約に係る契約書には、その就業場所は「本社事務所」とされているものの、Y代表者自身が、〔1〕デザイナーは自宅で勤務をしても問題ない、〔2〕リモートワークが基本であるが、何かあったときには出社できることが条件である旨供述していること、〔3〕現に、Xは、2021年3月3日まで自宅で業務を行い、初日のほかに、Yの事務所に出社したのは一度だけであり、Yもそれに異論を述べてこなかったことからすると、本件労働契約においては、本件契約書の記載にかかわらず、就業場所は原則としてXの自宅とし、Yは、業務上の必要がある場合に限って、本社事務所への出勤を求めることができると解するのが相当である。

イ Yは、Xが本件やり取りを含めて長時間(99時間50分)にわたって業務に関係ないやり取りをしていたことを踏まえて、管理監督上の観点から、出社を求めたものであって、業務上の必要があった旨主張する。

たしかに、Xは他の従業員との間で、本件やり取りも含め、必ずしも業務に必要不可欠な会話をしていたわけではないことは認められるものの、Yが提出する証拠によっても、その時間が、Yが主張するような長時間であるとは認められず、これにより業務に支障が生じたとも認められない。また、一般にオンライン上に限らず、従業員同士の私的な会話が行われることもあり、本件やり取りの内容は、Y代表者を揶揄する内容が含まれる点でY代表者が不快に感じた点は理解できるものの、そのことを理由に、事務所への出社を命じる業務上の必要性が生じたともいえない。

Y代表者は、これに加えて、本件ツールによりパソコンで操作をしていたログがなく、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があった場合には,本人に確認する必要があったとも供述するが、Xは、デザイン業務を行う上ではパソコンで作業しない時間もある旨供述し、現に手書きで作業を行っていたこともあることからすると、本件ツールのログによっても、労働者が申告する時間と実労働時間に差異があったとまでは認められず、この点からも出社を命じる業務上の必要性が生じたとはいえない。

これに加えて、Y代表者は、2021年3月2日午後3時24分にXに対し、メールを送った後、Xとの間で、メール上で、本件やり取りの当否をめぐってお互いを非難しあう中で、Xの反省がないことを理由にその5時間後に本件懲戒処分とともに、本件出社命令を発したものであり、そのような経緯も踏まえると、本件の事情の下においては、本社事務所への出勤を求める業務上の必要があったとは認められないそうすると、Yは、本件労働契約に基づき事務所への出社を命じることができなかったというべきであって、本件出社命令は無効であるといえる。 

(3)以上によれば、Xが2021年3月4日以降、労務の提供をしていないことは、Yが事務所に出社を命じることができないにもかかわらず、これを命じたためであり、Yの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。さらに、同月19日以降については、XがYの責めに帰すべき事由による労務を提供していないにもかかわらず、Yはこれを欠勤と扱って本件退職扱いをしたことも原因といえるから、いずれにせよYの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものというべきである。