2023年7月28日金曜日

伊藤忠商事ほか1社事件・東京地判R4.12.26・労経速2513-3

退職届提出後・退職日前の会社データ持出しによる懲戒解雇 有効

退職金全額不支給も有効

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2 争点〔1〕(本件データファイル等に営業秘密が含まれるか)について

本件データファイル等が、営業秘密、すなわち「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」に当たるか、本件詳細主張ファイル群を中心に以下検討する。

(1)有用性及び非公知性について

ア 本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群は、連番2178記載のファイルを除き、別紙5「本件詳細主張ファイル一覧」の「内容」欄記載の特徴があるところ、これらにつきXは具体的な反論をしていないことからすれば、上記各ファイルについては、

〔1〕飼料・穀物トレードに関する取引先との契約内容に関する情報、

〔2〕投資検討案件の検討段階又は投資決定案件の社内決定プロセスに関する情報、

〔3〕現在交渉継続中の案件に関する情報、

〔4〕Y会社の特定重要商品の内容及び規模に関する情報、

〔5〕食糧部門領域全商品に関するトレードノウハウ及びリスク管理ノウハウに関する情報又は

〔6〕Y会社の保有株式に関する情報

等を含むものであって、いずれも、事業活動にとって有用な情報であり、不特定の者が公然と知り得る状態になかった情報であったと認めることができる。もっとも、本件デスクトップファイル群のうち、本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はない

イ Xは、本件デスクトップフォルダ内のデータの大部分が、2015年度から2018年度までの間に作成保存されたものであり、転職先企業にとって重要な情報でないことを理由に有用性がないと主張するが、前記アで説示した本件詳細主張ファイル群の特徴からすれば、仮に、作成時期が上記Xの主張する時期であったとしても、本件アップロード行為時点で有用性が失われているということはできない。また、有用性が認められるためには、客観的に企業の事業活動にとって有用であれば足り、Xの転職先の企業における利用可能性は問題にならないと解するべきであり、Xの上記主張は採用することができない。

(2)秘密管理性について

ア 営業秘密につき、秘密管理性が、有用性及び非公知性とは別に要件とされる趣旨は、事業者が営業秘密として管理しようとする対象(以下「対象情報」という。)が明確化されることによって、当該対象情報に接した者が事後に不測の嫌疑を受けることを防止し、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保することにあると解される。そうすると、秘密管理性要件が満たされるためには、対象情報に対する事業者の秘密管理意思が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる必要があるものと解される

イ Y会社においては、Y社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されているほか、Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定されるという、物理的ないし論理的な秘密管理措置がとられている。また、Y会社では、社内ルールにより、従業員が、業務情報を業務目的以外で利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理するシステムを利用すべきこと、個別にクラウドサービスを導入する場合には、リモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこと、機密保持違反に対しては厳正に対処する等が定められ、規範的な秘密管理措置もとられているほか、社内体制や従業員教育面での対処もされており、Y会社の従業員は、Y社内システム及びBoxに保存された情報の少なくとも一部が、秘密として管理されていることを認識すること自体は可能であったということができる。

ウ(ア)もっとも、営業秘密は、不正競争防止法において、刑罰法規の構成要件の一部をなすものであって、事業者の秘密管理意思の対象は、従業員にとって明確でなければならない。このような観点からは、秘密管理措置として十分なものであるといえるためには、対象情報が、営業秘密ではない情報(以下「一般情報」という。)から合理的に区分されている必要があるというべきである。

(イ)これを本件について見るに、本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まり、Xが本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったと認めることができる。そして、デスクトップ領域のみならず、Y社内システム及びBoxの中で、有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかったことからすると、上記Xによる情報の保存方法が、他の従業員のものと比して特異なものではなかったことが推認される。

そうすると、Y社内システム及びBox内に保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態で保存されているのが常態であり、Y会社の従業員において、個々の対象情報が秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをすべきであると容易に認識することはできなかったというべきである。したがって、前記Y会社のとっていた秘密管理措置では、対象情報が一般情報から合理的に区分されているということはできないから、本件データファイル等については、秘密管理性を認めることはできない。

(ウ)なお、Yらは、従業員が、フォルダ内に営業秘密は一切ないとの認識を持つことの方が不自然であり、営業秘密が含まれていることをフォルダ単位で認識することは容易であると主張する。しかし、本件デスクトップフォルダの内容を除けば、Y社内システム及びBoxの個々のフォルダの内容を明らかにする的確な証拠はないから、前記Y社内システム及びBox内に保存されている情報全体と同様に、各フォルダの内容も大部分が一般情報であって、その中に、それと比して相当に少量の対象情報が含まれる状態であったことが推認される。そうすると、そのようなフォルダの全体が対象情報であったとして扱うのは相当ではなく、Yらの上記主張は採用することができない

(3)小括

 以上によれば、本件詳細主張ファイル群は営業秘密には当たらず、本件データファイル等の中で、他に営業秘密に当たり得る情報があると認めるに足りる証拠はない。したがって、本件データファイル等に営業秘密が含まれると認めることはできない。

3 争点〔2〕(本件アップロード行為が不正競争防止法(同法21条3号ロ)違反に当たるか)について

 前記2で説示したとおり、本件データファイル等は営業秘密を含むものではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件アップロード行為が同法21条3号ロに違反する行為に当たるということはできない。

4 争点〔3〕(本件懲戒解雇に客観的合理的な理由があり社会通念上相当な場合に当たるか)

(1)客観的合理的理由の有無について

 本件懲戒解雇に係る客観的合理的理由として、Yらの主張する各懲戒事由があったといえるか、検討する。

ア 法令違反について

 前記3で説示したとおり、本件アップロード行為は、不正競争防止法違反行為には当たらず、「職務に関し、法令に違反する」(Y会社就業規則28条1号)行為であったということはできない。

イ 機密保持違反について

(ア)本件アップロード行為は、Y会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に、有用性及び非公知性があって、機密情報に当たる情報をも含む、Y社内システムの仮想デスクトップ上領域に保存されていた合計3325個、容量合計2.4GBのファイルを内包したフォルダ及びBoxに保存されていたExcelファイルを、社外のクラウドストレージの自己のアカウント領域にアップロードして、Y会社の管理が及ばない領域に移転させたというものである。Xは、これは後任者であるq4後任者への引継ぎのためにしたものであると主張するが、対象となった本件データファイル等の量のほか、その中に含まれる本件詳細主張ファイル群の内容からして、本件データファイル等の大部分は引継ぎには必要ない情報であったと推認される上に、Xが、以前の転職先からY会社に持ち込んでいた情報についても、同様にGoogle DriveのXのアカウント領域にアップロードを試みていることからすれば、本件アップロード行為が引継業務の目的でされたものではなかったことは明らかであるというべきである。この点に関するXの主張は採用することができない。

 そして、本件アップロード行為につき、他に正当な目的の存在をうかがわせる事情がないことからすれば、本件データファイル等がXの転職先であるノルデン社において価値のある情報であったとまではいえないことを踏まえても、本件アップロード行為は、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認することができる

 したがって、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条6号において禁止される、職務上知り得たY会社及び取引関係先の機密情報を「不正に目的外に利用する」行為(同号イ)及び会社の文書、帳簿(電子データ等を含む。)等を「不正に目的外に利用する」行為(同号ロ)に該当する。

(イ)他方、本件アップロード行為から本件データファイル等が削除されるまでの経緯からすれば、本件アップロード行為後に本件データファイル等がXの支配領域から出たことを認めることはできず、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条6号ハの定める「漏洩」行為には当たらないというべきである

(ウ)Xは、Y会社の「情報管理徹底の件」と題する通達の定めからすれば、引継業務について所属長であるq3課長から承諾を得たことにより、機密情報の社外への持ち出しについても承認を得ていたことになると主張する。しかし、「情報管理徹底の件」における機密情報の持ち出しの際の承認についての定めは、当該持ち出しに「業務上の理由」がある場合についてのものであって、業務上の理由がない本件アップロード行為には当てはまらない。

 またXは、Y会社の社内規程や通達相互の間で、社内情報の持ち運び・持ち出しに関する規定内容が整合しておらず、体系的に整理された社内ルールの下で情報管理がされていたとはいえない旨主張する。しかし、社内情報の持ち運び又は持ち出しに関する社内ルールは、いずれも業務上の理由がある場合についての規定であり、仮に、持ち運び・持ち出しに関する規定内容に不整合があったとしても、本件アップロード行為が社内ルール上の禁止行為に当たることは明らかであって、本件アップロード行為が社内ルールに反することの妨げとはならない

 Xはその他るる主張するものの、前記(イ)で説示したとおり、本件アップロード行為が「漏洩」行為に当たらないとする点を除き、いずれも採用することができない。

ウ 公私混同について

 前記イで説示したとおり、本件アップロード行為は、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、Y社内システム及びBoxに保存されていた有用性及び非公知性のある情報を含む極めて大量の情報を、Y会社の管理が及ばない領域に移転する行為であり、他に何らかの正当な目的があることもうかがわれない。したがって、本件アップロード行為は、Y会社就業規則28条4号によって禁止される、「職務上の任務に背き、本人の利益を図」る行為(同号ニ)に該当する。

エ 情報管理に係る社内ルール違反

 Y会社及びその食料カンパニーの情報管理規程、ITセキュリティ管理規則、ITセキュリティ基準によれば、従業員が業務目的以外で業務情報を利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理する会社標準のオンラインファイルストレージ基盤を利用すべきこととし、業務上の理由により個別にクラウドサービスを導入する場合には、IT企画部が指定するリモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこととされていたのであるから、本件アップロード行為は、その内容及び目的からすれば、Y会社の上記社内ルールにも反するものであったということができる。

オ 小括

 以上からすれば、Xは、本件アップロード行為を行ったことにより、「服務規律に違反」し(Y会社就業規則66条1号)、「その他会社の諸規程又は諸規則に関する違反があった」(同条8号)という懲戒事由に該当したものと認めることができる。

(2)社会通念上の相当性について

ア 本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群の重要性

 Y会社は総合商社であり、国内外の企業等に投資をし、商品を国内外の取引先から購入して顧客に販売することが基本的な業態であるところ、当該業態において、情報は付加価値の源泉というべき重要性を有するものと解される。他方、Y会社においては、その業態故に、機密性の高いものを含めて大量の情報を社内外の利害関係者間で適切に共有しつつ、迅速に処理することをも求められているから、営業秘密を個別に指定したり、特定のフォルダでの管理を義務付けたりすることは上記要請と相反するものであって、本件データファイル等について秘密管理性を認めることができるような、対象情報と一般情報を合理的に区分するような管理手法をとることは困難であったと推認される。

 そうすると、Y会社において、シンクライアントシステムが採用されたY社内システムを構築し、クラウドストレージであるBoxを採用することにより,電子データを従業員の端末に保存させないこととし、社内ルールにより情報の管理を定め、サイバーセキュリティの実行組織を設置するなどの措置は、不正競争防止法による保護を受けるには不十分であったとしても、上記情報の業態上の重要性を踏まえて機密情報を保護しつつ、情報処理上の必要性に対応するための合理的な措置であるということができる。したがって、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が営業秘密に当たらないことをもって、これらがY会社にとって重要なものではなく、ひいては本件アップロード行為が悪質でなかったということはできない。

イ 本件アップロード行為の悪質性

 本件アップロード行為は、Y会社において重要であり、合理的な体制により管理されていた有用性及び非公知性のある機密情報を含む大量の情報を、X自身又はY会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、Y会社の管理が及ばない領域に無差別に移転する行為であって、本件データファイル等の全部又は一部がXの転職先において有用な情報であったと認めることができないことを踏まえても、Y会社の社内秩序において看過することのできない、極めて悪質な行為といわざるを得ない。 

 なお、本件アップロード行為後に本件データファイル等がXの支配領域から出ていないことは、Y会社がサイバーセキュリティ対策を行って、システム監視やログ分析を行った結果、本件アップロード行為が早期に発覚した結果であるに過ぎないことが推認され、Xに特に有利に考慮すべき事情ということはできない。

ウ 情報流出に係る非違行為の特殊性

 従業員の非違行為により情報が事業者の管理が及ばない領域に一旦流出した場合には、その後に当該情報が悪用されるなどして事業者に金銭的な損害が生じたとしても、その立証が困難なことや、当該従業員が会社に生じた損害賠償を支払うだけの資力に欠けることもあり得るところであり、情報の社外流出に関わる非違行為に対し、損害賠償による事後的な救済は実効性に欠ける面がある。さらに、このような非違行為は、退職が決まった従業員において、特にこれを行う動機があることが多い一方で、このような従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が予定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持する上では、退職が決まった従業員による情報の社外流出に関わる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されるというべきである。

エ 本件懲戒解雇の相当性

 前記アないしウに説示したとおり、本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群がY会社にとって重要であり、本件アップロード行為が悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為としての特殊性を前提とすれば、Y会社の利益を守り、社内秩序を維持する上では、Xが、Y会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為に対し、Y会社に金銭的損害が生じたことを認めることができず、また、XにY会社での懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのもやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないというべきである。

 なお、Xは、Y会社において、過去に、従業員が、機密情報の入ったUSBメモリやパソコンを持ち出して紛失した事案に対し、懲戒処分を科した例がないことをもって、本件懲戒解雇は著しく公平性を欠く旨主張する。しかし、仮に、Y会社において過去にそのような取扱いがあったとしても、過失による紛失例と、大量の情報を、故意にY会社の管理が及ばない領域に移転したという本件アップロード行為を同列に扱うことはできず、Xの主張は採用することができない。

5 争点〔4〕(Y基金は退職金支払義務を負うか)について

(1)前記4で説示したとおり、Xによる職務上知り得たY会社及び取引先の機密情報並びに会社の文書、帳簿の不正な目的外使用、公私混同行為を理由とする本件懲戒解雇は有効であり、Y基金は、Y会社退職年金規程7条、Y基金規約52条3項2号、3号の定めにより、脱退一時金の給付の全部又は一部を行わないことができる。

(2)そして、その範囲については、本件アップロード行為の悪質性、退職が決まった従業員による非違行為を抑止する上での必要性(前記4(2)ウ)のほか、XのY会社での勤務年数が5年に満たないものであることからすれば、退職金に賃金の後払いとしての性質があることを踏まえても、XがY会社において就労した間の功労を覆滅するに足りる著しい背信行為をしたものとして、Xが2020年3月31日付けで自己都合退職した場合に一時金として支払われるべき額から既払金を控除した残額である210万2400円の全額について、不支給とするのもやむを得ないというべきである。

(3)したがって、脱退一時金の支払義務者であるY基金は、Xに対し、第2事件の請求に係る支払義務を負わない。

6 争点〔5〕(Y会社は変動給の支払義務を負うか)について

 XのY会社に対する2020年度の夏期変動給支給請求権が、本件懲戒解雇までに成立していたと認めることはできない。そして、前記4で説示したとおり、本件懲戒解雇は有効であるから、Y会社における扱いに従って、変動給は不支給となり、Y会社は、Xに対し、その支払義務を負わないというべきである。


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