2023年4月21日金曜日

メガカリオン事件・東京地判R4.7.5・ジャーナル133-40

 配転命令無効 → 解雇無効

(1)争点(1)(本件配転命令の効力)について

ア Yの就業規則には、「業務の都合若しくは従業員の労務提供状況の変化により、必要がある場合は、会社は従業員に異動(配置転換【中略】含む。)を命じ【中略】ることができる。」との定めがある上、Xは、本件労働契約の締結に際し、「業務、職務、業務形態の変更、転勤等を命ぜられた場合はこれに従います。」との条項のある誓約書を作成してYに提出したものと認められるから、本件労働契約上、Yは、Xに対し配転命令権を有するものと認められる

これに対し、Xは、YがXを京都開発センター長という特定の地位に限定して採用し、担当する業務内容を京都開発センターのマネジメント業務等と定めた旨を主張する。

しかし、一般に、労働条件通知書(労働基準法15条)における「従事すべき業務に関する事項」(同法施行規則5条1項1号の3)は、雇入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りると解されているから(1999年1月29日基発45号参照)、労働条件通知書を兼ねる本件契約書の記載から、本件労働契約において、Xの職位を京都開発センター長に、職務を本件業務に限定する、すなわちXを京都開発センター長以外の職位に就かせず、かつ本件業務以外の業務を行わせないことまで合意したものとはいえない。

そして、本件労働契約の締結に際しかかる合意があったことを窺わせる具体的事実の主張立証はないから、本件業務の専門性やXの経歴、前訴においてYが「Yは、本件労働契約において、Xを京都開発センター長という特定の地位に限定して採用した」との主張をしていたことを考慮しても、本件労働契約においてXの職位を京都開発センター長に、担当業務を本件業務に限定する旨の合意があると認めることは困難である。

イ もっとも、使用者による配転命令権も無制約に行使することができるものではなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合は、当該配転命令は使用者が権利を濫用したものとして無効となると解される(労働契約法3条5項、最高裁1986年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

これを本件配転命令についてみると,Yは、配置転換の必要性として、京都開発センターの廃止後、Yの研究部門では、Xの就労を前提としない組織運営が定着していることを主張するところ、京都開発センターの廃止といっても、同センターで行われていた事業自体は継続され、Xが京都開発センター長として担っていた本件業務を各事業部門の部門長らに分掌させたにすぎずXの就労を前提としない組織運営が長期化したのは、Yが京都開発センターの廃止を理由にXの退職を一方的に推し進めた結果、前訴判決により退職合意の存在及び解雇の効力を否定されたことによるものであって、当該事由は配置転換の必要性として正当なものとはいい難い

また、Yは、Yの前CTOの退任に伴いリサーチアナリストの業務を担う人材が必要であることを主張するが、Yの主張立証によっても、従前は前CTOが取締役としての業務に従事しながら行っていたという当該業務をXに専従させる具体的な必要性が明らかでない上、Xはリサーチアナリストの業務を行った経験がなく、その適性も未知数であって、配置転換の合理性を認めることも困難である。 

以上に加え、Yが本件配転命令により就労を命じた業務は、(毎月30時間分の固定残業代を含むものとはいえ)月額117万円という高額な賃金を対価とするものであって、相当高度な専門性や成果が要求されるといえるところ、上記のとおり、Xはリサーチアナリストの業務を行った経験がなく、その適性も未知数である以上、かかる業務に従事する負担や適性不足を理由とする解雇のリスクも看過できないものがあるから、本件配転命令はYが使用者としての権利を濫用したものとして無効というべきである。

(1)2018年8月分から2020年11月分までの賃金の支払を求める請求について

Xは、本件労働契約に基づく賃金として、2017年8月分以降の通勤手当の支払を求めるところ、Xは、前訴において、本件労働契約に基づく賃金として、2018年8月分から判決確定日(2020年12月10日)まで月額117万円(本件契約書上の月額給与と一致する。)の支払を求めており、当該請求が一部請求であることを明示しなかったものと認められるから、その請求の全部につき勝訴の確定判決(前訴判決)を得た後に、当該請求が一部請求であると主張して残部の支払を求めることは許されないと解すべきである(最高裁昭和32年6月7日第二小法廷判決・民集11巻6号948頁参照)

したがって、2018年8月分から前訴判決の確定日までに支払期日が到来した2020年11月分までの賃金の支払を求める請求は、いずれも理由がない

(2)2017年8月分から2018年7月分までの賃金の支払を求める請求について

これらの賃金については、2021年3月3日の本件訴えの提起までに各支払期日から2年が経過しているから、仮に本件労働契約に基づく賃金の未払分が存在したとしても、Yの消滅時効の援用によりXの賃金請求権は消滅している(2020年法律第13号〔同年4月1日施行〕による改正前の労働基準法115条〔同改正附則2条2項〕)。

これに対し、Xは、前訴の提起及び前訴判決の確定により消滅時効が完成猶予・更新された旨を主張し、2017年法律第44号(2020年4月1日施行)による改正前の消滅時効の中断をいうものと解されるところ(同改正附則10条2項参照)、Xが前訴の提起により支払を求めたのは2018年8月分以降の賃金である以上、同月分より前の賃金については時効中断の効力は生じておらず、Xの主張は採用することができない

したがって、2017年8月分から2018年7月分までの賃金の支払を求める請求は、いずれも理由がない。

イ 通勤手当-争点(4)(通勤手当の支払義務の有無及びその額)について

(ア)一般に、通勤手当は、就労義務の履行に要する費用であり本来労働者において負担すべき(民法485条本文参照)交通費を補填する趣旨で、現に通勤に要する費用を賃金として支給するものであるところ、本件契約書における通勤手当の定め(「6か月定期で設定された通勤手当を支払う。」)は、これを合理的に解釈すれば、「Xが現に居住する地から就業場所まで公共交通機関を利用して通勤する場合において、当該住居の最寄りの駅又はバス停から就業場所の最寄りの駅又はバス停までの区間の6か月定期券の料金相当額を6か月に1回支給する。」との意味に解される。そして、Xが、Yの採用担当者に対し、本件契約書の作成に先立ち、「労働条件通知書兼労働契約書に記載する現住所ですが、東京都杉並区δ×-××-×-×××を記載するつもりでおります。単身赴任で京都に参ります。様々な書類の住所変更を避けるため、東京都の現住所を維持する予定です。京都の住居は二条駅の徒歩圏内を予定しております。7月には住居を確保する予定です。通勤手当申請書の住所記載については住民票のない京都の住所でも可能でしょうか。不都合であれば、通勤手当の支給は申請しなくても構いません。天候のよい日は徒歩で通うことを思案しております。」などと記載したメールを送信していること、前訴において、Xが賃金請求として通勤手当の支払を求めていないことに照らすと、本件労働契約における通勤手当は上記の趣旨のものと解するのが相当であり、Xの主張する、現実の通勤の有無を問わず支給されるべきものとして合意されたものとは認められない

そうすると、Xは、民法536条2項前段により、現に就労していない期間についても賃金請求権を有するが、Yによる出勤の免除、退職合意又は予備的解雇の主張及び本件配転命令により京都オフィスにおける就労(通勤)を免れている以上、同項後段により、通勤手当を請求することはできないというべきである。

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