2023年4月5日水曜日

REI元従業員事件・東京地判R4.5.13・労判1278-20

システムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社には独自のノウハウはない

→ 守秘を目的とした退職後の競業避止義務は無効

※ 顧客(派遣先)維持を目的としていたらどうだったか?

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1 争点〔1〕(労働者Yが会社Xに対して会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したかどうか)について

労働者Yは、中華人民共和国国籍を有する者であるが、2013年に来日し、関西大学大学院心理学研究科において心理学を学び、その後、日本語と中国語の翻訳の仕事に従事した経歴を有するものと認めることができるのであって、労働者Yには十分に日本語を理解する能力があったものということができる。

労働者Yは、aから秘密保持に関する契約であると説明を受けて署名押印したものであり、競業避止義務に関する記載があると認識していなかったと主張する。そして、労働者Yは、本件合意書のうち、第1条(秘密保持の確認)、第2条(秘密情報の帰属)及び第3条(退職後の秘密保持)を閲読したが、「秘密」との文字がなく意味が理解できなかったため、第4条(競業避止義務の確認)、第5条(損害賠償)及び第6条は閲読しなかったと供述する。

しかしながら、本件合意書の第1条から第3条までに用いられた文字と第4条から第6条までに用いられた文字の大きさ及び形状に違いはなく、閲読・理解することを妨げるような表記上の事情はないのであって、上記のとおりの本件合意書の文言及び労働者Yの有する日本語読解力を前提とすれば、一読して、容易に認識し得えたものということができる。そして、労働者Yは、本件合意書に署名押印するに当たり、その直上に記載された第4条から第6条までの意味が分からなかったにもかかわらず、aに対して説明を求めることなく作成に応じたというのであるが、本件合意書の記載する条項のうち半分を理解できないままに、署名押印に及んだものと解することは不自然といわざるを得ない。そうすると、当該条項を含めて認識していなかったとする労働者Yの主張は、その作成経緯に照らして、採用することができない。

また、労働者Yは、本件合意書が2020年10月1日に遡及して効力を有するものであり、会社Xが自ら競業避止義務に違反するような内容を合意したはずはないと主張する。

確かに、労働者Yは、会社Xを退社した後、2020年10月1日以降、サンエクシードと業務委託契約を締結し、ITbookに通い、ITbook、その子会社もしくは関連会社であり、会社Xと取引関係のある事業者において勤務していたものと認めることができる。しかし、上記のとおり、労働者Yは、すでに会社Xを退職した後、かつサンエクシードと業務委託契約を締結した後に、本件合意書に署名押印したものであって、使用者と被用者という関係にはなく、その立場上の差によって、自由な意思決定が困難であったとする事情はない。また、労働者Yが主張するとおり、労働者Yがサンエクシードで勤務を開始したのは本件合意書の作成前であり、本件合意書に抵触することはないと考え、あるいは労働者Yがサンエクシードから委託を受けて担当した業務と会社XがITbookから受託していた業務とは異なることから、競業避止義務に反することもないと考えていたとすれば、本件合意書の記載を認識しつつ署名押印することも、まったく不合理とはいえないし、労働者Yが会社Xから退職証明書を受領することを優先し、サンエクシードとの業務委託契約ないしItbookとの関係について発覚しないとの思惑から本件合意書の署名押印に応じたとしても不自然なところはない。そうすると、自ら競業避止義務に違反するような内容を合意したはずはないとの労働者Yの主張も、採用することができない。

そうすると、本件合意書の成立を否定すべき事情はなく、労働者Yが会社Xに対して本件合意書に基づき会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したものというべきであり、争点〔1〕(労働者Yが会社Xに対して会社Xを退職した後に競業避止義務を負うことを約したかどうか)に関する会社Xの主張は、理由がある。

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2 争点〔2〕(会社Xと労働者Yの競業避止義務に関する合意が公序良俗に反して無効といえるかどうか)について

(1)従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は、従業員の再就職を妨げてその生計の手段を制限し、その生活を困難にする恐れがあるとともに、職業選択の自由に制約を課すものであることに鑑みると、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反して無効であると解するのが相当である。

(2)そこで、本件合意書についてみると、本件合意書は、第1条から第3条まで、秘密保持に関する定めを置き、会社X在職中に知り得た経営上、営業上又は技術上の情報について漏洩・使用等を行わない旨を定めているものと認めることができ、第4条から第6条までは、「前各条項を遵守するため」、「前各条項に違反して」との文言を用いていたことからすれば、当該秘密保持に係る条項を遵守するために、競業避止義務を定めたものと合理的に解することができる

しかしながら、会社Xは、主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であって、その具体的な作業については各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従うものとされていたと認めることができる。このような会社Xにおけるシステムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、会社Xがシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、労働者Yがそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もないのであって、会社Xにおいて本件合意書が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。

この点、aは、ITbookに対し、2020年10月15日付け「貴社殿お取引先の株式会社プロフェース・システムズ殿に関するお願い」と題する書面を送付し、労働者Yの転職について縷々述べていたものと認めることができるが、会社Xの秘密漏示のおそれ等について言及していたところはない(なお、会社Xにおいて、専ら派遣先企業の企業情報等に係る秘密について保持すべきであり、したがって従業員が同様に秘密保持義務を負う必要があることは否定し難いものの、当該従業員が当該秘密に係る秘密保持義務を負担する限り、当該情報が漏えいする危険性が高いとはいえず、会社Xとの取引関係にある事業者又は会社Xと競合関係にある事業者への転職あるいは会社Xと取引関係にある事業の開業等を制限することが不可欠であるとはいい難い。)。

(3)次に、前提事実(3)のとおり、本件合意書は、「(1)貴社との取引に関係ある事業者に就職すること」、「(2)貴社のお客先に関係ある事業者に就職すること」、「(3)貴社と取引及び競合関係にある事業者に就職すること」及び「(4)貴社と取引及び競合関係にある事業を自ら開業または設立すること」を禁ずるものと認めることができるところ、いずれも文言上、転職先の業種・職種の限定はないし、地域・範囲の定めもなく、「取引に関係ある」、「競合関係にある」又は「お客先に関係ある」事業者とされ、会社Xの取引先のみならず、会社Xの客先の取引先と関係がある事業者までも含まれており、禁止する転職先等の範囲も極めて広範にわたるものといわざるを得ない。労働者Yは、2019年11月から2020年9月30日まで、システムエンジニアとして従事していたものと認めることができるのであり、このような労働者Yの職務経歴に照らすと、上記の範囲をもって転職等を禁止することは、労働者Yの再就職を著しく妨げるものというべきである。 

(4)さらに、労働者Yは、会社Xに勤務していた期間中、基本給及び交通費の支給を受けていたものと認めることができるにとどまり、手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられておらず、本件合意書においても、労働者Yの負うべき損害賠償義務(第6条)を定めるにすぎず、その代償措置については何らの規定もないのである。

(5)以上のように、会社Xの本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、労働者Yが禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。

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