インバウンド需要蒸発による旅行会社の整理解雇 有効
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(1)人員削減の必要性について
ア Yは、海外からの訪日客に対する団体旅行や個人旅行の提供を主に取り扱っていたところ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、2020年2月には売上高が前年比23%と激減し、同年3月から本件解雇のあった同年8月までは前年比0%から1%の間で推移する一方で、同感染症拡大前の時点では、おおむね6000万円から7500万円の人件費、おおむね2200万円から3500万円の管理費を1か月当たり要していた。
以上によれば、Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって営業面で壊滅的な打撃を受ける一方で、そのままでは毎月約1億円の人件費及び管理費の支出が続くのであって、これらに加えて、Yが経費削減策等を講じた後もなお1か月当たり3600万円から6000万円程度の人件費及び管理費の支出を要していること、Yの貸借対照表の概要等を考慮すると、本件解雇の時点において、Yが人員削減によって業務全般に支障を来す部署を除いて各部署の4割から5割程度の人員削減を行ったことは、企業経営上のやむを得ない措置といえ、後記のとおりXの指摘する点を考慮しても、人員削減の必要性に欠けるところはない。
イ これに対して、Xは、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができない。
(ア)Xは、2020年7月にはGOTOトラベルキャンペーンが開始して国内旅行の需要回復が期待できる状況であったし、Yの売上は2020年9月には若干回復していたことからすると、整理解雇を行うほどの人員削減の必要性は認められない旨主張する。
しかし、Yの主要な業務は海外からの訪日客に対する団体旅行や個人旅行の提供であったことからすると、国内旅行の需要喚起旅策が講じられたことをもって、人員削減の必要性が減少したとはいえない。また、別紙1のとおり、Yの2020年9月の売上高は2291万1316円であったが、これでもなお前年のわずか2%であったのであるから、人員削減の必要性を左右するものとは到底いえない。したがって、Xの上記主張は、人員削減の必要性を左右する事情ではないから、採用することができない。
(イ)Xは、Yは、インバウンド需要が失われた2020年3月以降、国内旅行等の旅行事業を進めたり、他の新たな事業を準備したりしていたのであるから、整理解雇を行うほどの人員削減の必要性はなかったと主張し、これに沿うY従業員と思われる者のSNSの投稿記事を指摘する。
しかし、別紙1のとおり、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたのであるから、仮にYにおいて新規事業の準備をしていたとしても、これによって人員削減の必要性は左右されない。Xの上記主張は採用することができない。
(ウ)Xは、雇用調整助成金の特例措置は2020年8月以前から中小企業団体等から延長を求める要望が公表されていたことなどからすると、同措置の延長が不可避な社会情勢となっていたのであるから、Yは、希望退職を募集した後においても、雇用調整助成金の受給が見通せずに整理解雇をせざるを得なかった状況にはなかったと主張する。
しかし、Yは、2020年6月末頃から7月16日までの間に人員削減策を検討し、同月30日にはその実施を行う方針を伝えた上で、同年8月14日までに希望退職者を募集した上で同月25日に本件解雇をした一方、上記特例措置の期限を延長する旨の報道発表がされたのは同月28日であり、それまでには経済団体による延長要望が公表されていたにとどまる。したがって、本件解雇の時点では、上記特例措置が延長される予定であったとは認められない。また、Yが受給していた雇用調整助成金は休業手当の5分の4にとどまる一方で、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたことからすると、雇用調整助成金を受給していてもなお相応の人件費の支出が続いていたのであるから、本件解雇が上記特例措置の延長の有無を見極めずに行った早計なものであったともいえない。以上のとおり、Xの上記主張は、本件解雇における人員削減の必要性を左右する事情とはいえないから、採用することができない。
(エ)Xは、Yが作成した1か月当たり2000万円程度の人件費削減案は、その金額に根拠がない旨主張する。
しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大後、Yの1か月当たりの営業利益はマイナス1億円からマイナス4000万円の間で推移していたところ、上記感染拡大前のYの1か月当たりの管理費はおおむね2200万円から3500万円、人件費はおおむね6000万円から7500万円であった。そうすると、Yの人件費削減案は1か月当たりの人件費をおおむね3分の2に削減するというものであるが、この削減幅は上記営業損失額の半分にも満たないものであり、管理費の削減を行ったとしても上記営業損失額すら補うことができないことは明らかである。そうすると、Yの行った2000万円の人件費削減案が不要であったとはいえないから、根拠を欠くものとはいえない。Xの上記主張は採用することができない。
(オ)Xは、雇用調整助成金を受給する中で2000万円程度の人件費削減が必要であったと考え難く、解雇によって雇用調整助成金の助成率が減ることについても検討していないから、本件解雇について人員削減の必要性は認められない旨主張する。
しかし、上記特例措置が本件解雇より前の時点で延長される予定であることが判明していたとは認められないから、同措置が同年10月1日以降も継続する前提で人員削減の必要性について検討することはできない。また、Yが受給していた雇用調整助成金は本件解雇前から休業手当の5分の4にとどまっており、本件解雇によって助成率が減ったとも認められない。したがって、Xの上記主張は、前提となる事実が認められないから、採用することができない。
(カ)Xは、大阪事務所及び福岡事務所の賃貸借契約の解除は2020年7月31日にされたところ、Yは、それよりも前に人員削減案を作成していたのであるから、本件解雇は事務所移転による経費削減の効果を考慮しておらず、この点において人員削減の必要性を欠いている旨主張する。
しかし、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっていたことに加えて、従前の賃貸借契約を解除して新たな賃貸借契約を締結し、事務所等を移転することには一定の時間を要するものと認められることからすると、あらゆる経費を早期に削減することが必要という判断の下に人件費と事務所移転による経費削減を並行して進めたことが不合理であるとはいえない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって人員削減の必要性を左右するものではないから、採用することができない。
(2)解雇回避努力について
ア Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けた売上の急激な減少を受けて、本件解雇までの間に、空港内の案内カウンターや店舗の賃料の約2割の減額を受け、事務所を賃料のより安い場所に移転して1か月当たり約175万円の賃料を削減するなどの管理費の削減を行ったほか、2020年3月12日には休職や休業をしながら少ない人数で業務を行い、退職する場合には会社都合による退職とする旨を示し、同年4月以降は雇用調整助成金の受給を受ける一方で、Y代表者の報酬を2割、監査役の報酬を3割削減するなどの役員報酬の減額をし、同年7月末から同年8月17日まで配置転換を実施しつつ希望退職を募集し、その一方で2021年度新卒採用手続を中止し、希望退職が予定数に満たないことを受けて退職勧奨を行った。以上のとおり、Yは、売上が急激に減少するという企業経営上困難な状況において、管理費の削減を行いながら、休業や雇用調整助成金の利用、希望退職の募集等を順次実施しているのであるから、解雇回避に向けた措置を講ずるという信義則上の義務を果たしたものといえる。
イ これに対して、Xは、以下のとおり主張するが、いずれも採用することができない。
(ア)Xは、2000万円の人件費削減の必要性は明らかでない一方で、Yが行った役員報酬や賃料の減額はごくわずかにすぎないとして、解雇回避努力を怠った旨を主張する。
しかし、Yの行った2000万円の人件費削減案が不合理であったものとはいえない。また、
〔1〕Yが行った役員報酬の減額は金額にして1か月当たり数十万円程度であり、この金額の人件費削減案の総額に占める割合は大きいものとはいえないものの、各役員についてその報酬額の二、三割を減額したものであるから、解雇回避努力の履行として、役員報酬の減額に不足があるとはいえない。また、
〔2〕空港内の案内カウンターや店舖の賃料の減額幅は1か月当たり合計9万3244円と多額とはいえないが、羽田空港では20パーセント、関西国際空港では約25パーセント、那覇空港では約19パーセントという相応の割合の減額を受けているのであって、金額の少なさをもって解雇回避努力を尽くしていないとはいえない。そして、
〔3〕事務所の家賃はそれまで423万4198円を要していたところ、2021年1月以降は249万1850円で足りることとなり、1か月当たり174万2348円を削減することになりこれは新型コロナウイルス感染症拡大前の管理費(1か月当たりおおむね2200万円から3500万円)の約5パーセントから8パーセントに当たり、相応の解雇回避努力を尽くしたものといえる。
以上によれば、Yが行った役員報酬や賃料の減額は、相応の割合を減額したもの(上記〔1〕、〔2〕)や管理費全体の削減に寄与するもの(上記〔3〕)であるから、解雇回避のために必要な措置をとったものといえる。Xの上記主張は採用することができない。
(イ)Xは、Yが実施した希望退職の募集は、募集期間は約2週間と短く、特別条件も給与の50%にとどまるものであって、従業員の任意の退職へと誘導するための十分な条件を提示したとはいえない旨主張する。
しかし、Yは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって営業面で壊滅的な打撃を受け、その状況の好転がうかがわれない状態であることからすると、希望退職の募集に向けた期間を長期間とる余裕があるとはいえないし、そのための金銭的な条件が不十分であったと評価することはできない。したがって、Xの上記主張は、指摘する点をもって解雇回避努力を怠ったとはいえないから、採用することができない。
(ウ)Xは、雇用調整助成金の特例措置の延長の有無を確認した後で整理解雇の要否を判断してもYに過大な負担は生じないのであるから、Yは雇用調整助成金の特例措置の延長の可能性を排除して整理解雇を行った点において、解雇回避努力を怠ったと主張する。
しかし、本件解雇の時点では、上記特例措置が延長される予定であることが判明していたとは認められないし、これを考慮しなければならないほどの事情があったとはいえない上、本件解雇が上記特例措置の延長の有無を見極めずに行った早計なものであったともいえないから、Xの上記主張は採用することができない。
(エ)Xは、Yは整理解雇を予定していたにもかかわらず全従業員向けの懇親企画を実施したことからすると、解雇回避努力を行ったとは認められない旨主張する。しかし、上記企画への支出額は31万3675円であり、37名が参加したことからすると1名当たりの金額は約8500円にとどまること、上記支出は定期的な支出ではなく1回限りの支出であることからすると、経費削減に取り組む中での従業員に対する慰労の域を超えて解雇回避努力を怠ったものとは評価できない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって解雇回避努力の履践を左右するものとはいえないから、採用することができない。
(オ)Xは、Yでは2020年6月に1名、同年7月に1名、同年9月に1名の契約社員を正社員に登用した上、本件解雇後に新規採用活動を開始していることからすると、本件解雇時には人員整理の必要性がないか、解雇回避努力を怠った旨主張する。
しかし、Yの売上高は2020年3月から本件解雇のあった同年8月までの6か月間にわたって前年度の1%程度にとどまっており、これが人員削減を要しないほどに好転する見通しがあったとはいえないことからすると、Xが指摘する事情をもって人員削減の必要性がないとはいえない。また、Xが指摘する採用活動は同年12月以降であり、募集している人員も人員削減策を講じる際に人員削減をすることができなかった人事総務部や新規事業のマーケティング、2021年3月以降に実施した2022年度新卒採用であり、本件解雇から半年以上経過した経理部門とは異なる部門の求人や本件解雇から相当先の求人であることからすると、このような新規採用活動をしたからといってXに係る解雇回避努力を怠ったものとはいえない。そして、Y経理部においては本件解雇前である2020年6月、7月及び本件解雇後の同年9月に1名ずつ契約社員から正社員に登用されているが、Y経理部においては契約社員か正社員かで仕事の割り振りを行っていないことからすると、契約社員から先に人員削減措置を講ずべき義務がYにあるとまではいえない。したがって、Xの上記主張は、指摘する事情をもって人員削減の必要性や解雇回避努力の有無を左右する事情とはいえず、採用することができない。
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