2023年4月20日木曜日

タイムス物流事件・大阪地判R4.12.22・ジャーナル133-22

 中退共の差額返還合意につき、合意を事実認定で否定したが、公序良俗違反無効とも判断

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ア 以上でみた中小企業退職金共済法の定め等によれば、同法は、従業員の福祉の増進と中小企業の振興という同法所定の目的を達するため、従業員が、事業主を介することなく、直接、機構から原則として同法の定める額の退職金を取得する仕組みを設け、国は、掛金の助成や事業主に対する税制における優遇といった、通常の退職金制度では認められない措置を講じるものとしている。

イ これを前提に、従業員が、機構から受け取る同法所定の退職金と事業主があらかじめ定めた額との差額を、事業主に対して返還する旨の合意(以下「中退共退職金返還合意」という。)の効力について検討すると、同合意は、使用者である事業主が、労働者である従業員に対し、実質的に、退職金請求権の一部を譲渡することを義務付け、中小企業退職金共済法10条5項の要件を満たさないのに、これが適用された場合と同様の結果をもたらすことを可能とするものといえる。また、中退共退職金返還合意は、事業主が、同法の規定する退職金額よりも低い水準の退職金制度をもうけながら、中退共を利用することによって、国から、より高い水準の退職金の支給を前提とした掛金の助成を受け、自ら運営する退職金制度では得られない税制面の優遇を受けることを可能とするものといえる。

※<10条5項 → 機構は、「被共済者がその責めに帰すべき事由により退職し、かつ、共済契約者の申出があつた場合において、厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働大臣が相当であると認めたとき」は、従業員に対して退職金の額を減額して支払うことができる>

これらの点を考慮すれば、中退共退職金返還合意は、中小企業退職金共済法1条、10条5項及び同法20条等の趣旨、目的に著しく反するものであって、民法90条により、無効であると解すべきである。

ウ 本件合意も、本件会社が本件労働者との間で、本件労働者が受け取る機構からの退職金の一部を、事業主である本件会社が定めた社内退職金の額になるように返還することを内容とするものであり、中退共退職金返還合意に他ならないから、民法90条により、無効と解すべきである。

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ア 本件会社は、本件合意は、本件労働者との間で個別的に成立した合意であることや、本件東京高裁判決の事案とは事情を異にする旨を主張する。

※<東京高等裁判所2005年5月26日判決・労働判例898号31頁>

しかし、中退共退職金返還合意が民法90条によって無効と解されるのは、その内容が法規制を潜脱するためであるから、これが各従業員との間の個別の合意であるか、労働協約等の集団的な合意であるかによって左右されるものではない。

イ 本件会社は、中退共退職金返還合意の効力は個別の事情に応じて判断すべきであり、本件労働者が、同業他社の女性従業員に対するハラスメント行為をきっかけに退職したことも考慮されるべきである旨を主張する。

しかし、中小企業退職金共済法10条5項は、従業員が受け取るべき退職金の額を減額するために要件を定めているところ、本件労働者が、「その責めに帰すべき事由」に基づいて退職したことを認めるに足りる証拠はなく(本件労働者の退職がハラスメント行為の問題をきっかけとするものであることは認められるが、本件労働者に同項所定の「責めに帰すべき事由」があることを認めるに足りる証拠はない。)、本件会社が機構に対して同項所定の申出をしたことも認められない。

すると、本件において、本件労働者が機構から受け取るべき退職金の額を減額すべき事情があるとはいえず、本件会社の前記主張はその前提を欠く。

ウ その他、本件会社の主張を検討しても、前記(2)の判断を左右するものとは認められない。

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以上によれば、本件合意は、仮にこれが存在したとしても、民法90条により、その効力が認められない。なお、本訴に係る訴えは、本件合意に基づくものであるが(第2回口頭弁論期日調書参照)、以上で説示したところによれば、仮に本件協定に基づくものであっても、その効力を認めることができない。

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(1)判断枠組み

訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁1988年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。

(2)検討

ア これを本件についてみると、本訴請求について、本件合意があったとは認められないことは前記のとおりであるが、1回目の電話に関する客観的証拠はなく、本件会社と本件労働者との間で本件合意が存在しなかったことが明らかであるということもできない1回目の電話から本件訴えの提訴までに1年半以上の期間が経過していることに照らしても、本件における本件会社の主張が、Aによる誤解又は記憶違いによるものである可能性を排斥できない

すると、本件会社が、本訴について事実的根拠を欠くものであることを知り又は容易に知り得たのにあえてこれを提起したものと認めることはできない。

イ また、仮に本件合意が成立しなくても、本件協定が、労働協約として、本件会社と本件労働者との間の法律関係を規律する効力を有することが考えられる

中退共退職金返還合意の効力は、前記のとおり、個別的な合意によるものか労働協約によるものかにかかわらず、無効と解すべきであるが

〔1〕この点に関する最高裁判所の判例は見当たらず、下級審裁判例の中には効力を認めた例もあること(本件東京高裁判決の原審)や、

〔2〕本件会社の従業員は、本件労働者及び他の1名を除いて、いずれも本件協定に従って本件差額を支払い、当該他の1名についても一定額を本件会社に支払う旨の訴訟上の和解が成立したとの事情があったこと

を踏まえると、本件会社が、中退共退職金返還合意が有効であると考えて、訴えを提起することにも一定の理由があり、本件会社が、本訴について法律的根拠を欠くものであることを知り又は容易に知り得たのにあえてこれを提起したものと認めることはできない。

このことは、本件会社が訴訟代理人として法律専門家である弁護士を選任していたとしても、左右されるものではない。

以上によれば、本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くということはできず、本件労働者が、本件会社に対し、本訴提起による不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとは認められない。


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