2023年6月28日水曜日

インテリム事件・東京高判R4.6.29労経速2505-10

 <貸与携帯の回収が違法とされた> 不法行為で慰謝料30万円

(1)本件回収の違法性について

ア Xは,Y代表がY会社に命じてXから社用スマートフォンを回収させ,代わりに社内アカウントを使用したメールの送受信機能を欠く携帯電話を貸与させた(本件回収)のは違法であり,不法行為を構成すると主張するところ,使用者が労働者に対しその業務遂行のためにどのような道具を貸与するかは,労働契約において特別の定めをしていない限り,本来,使用者が当該業務の性質や経営状況等に照らして判断することができるものである。

 もっとも,権利の濫用は許されず(民法1条3項),使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たって,それを濫用することがあってはならない(労働契約法3条5項)のであるから,一旦業務上の必要性があると判断して貸与したものを,後に合理的な目的や必要性もなく取上げることは違法になる場合があるというべきである。

イ これを本件について検討するに,Y代表は,Xが2017年10月24日午後5時頃に受診したメールに対して翌日午前8時18分時点で返信をしていなかったことを理由に,Xに業務上の連絡のために貸与していたスマートフォンを回収したものである。

 Yらは,報・連・相を行わないXに無駄な経費をかけてスマートフォンを支給する必要性はないから,より経費がかからない携帯電話を支給することにしたものであり,合理的な目的,必要性があったと主張し,Y代表もその本人尋問において同様の供述をしている。

 しかしながら,Y代表は,本件回収を告げるメールで,「なんで,貴殿達は私のメールに対してシカトなんだ?感覚がずれすぎて神経を疑う。」「私を舐めてるのか?社長や上司からメール来たら即レスが当たり前だが,そんな非礼,非常識でまかり通るだけの営業や成果を上げて来たのか?経費が無駄なんでガラケーに変えさせてもらう。」と,感情的な言葉を用いて,社長であるY代表からのメールに対して即時に返信をしないことは非礼,非常識であると強い言葉で非難している。また,Y代表は,Xから何ら弁解も聞かずに,上記メールのわずか4分後に,Y会社の従業員に対しXから社用スマートフォンを回収して携帯電話を支給することを指示し,Xの上司であるP4部長からXらの返信メールが直ちにされなかった事情について説明するメールが送られてきても,これに取り合わず,同メールに対する返信として「即レスしないならガラケーで十分だ」「結果が出ないのは,即レス即反応という基本を疎かにしているからだ。インテリムを舐めているからだ。猛省して頂きたい。」と記載したメールを送り,その日のうちにXから社用スマートフォンを取り上げている。このような本件回収に至るまでの経緯や上記各メールの記載内容・表現に加え,Y会社がXにスマートフォンの代わりに貸与した携帯電話は,社外で社用アカウントを用いたメールを送受信する機能を欠いており,Y代表が問題として指摘した「即レス」ないし速やかな報・連・相をするのにかえって不便なものであること,本件回収当時,Y会社が社員に貸与するスマートフォンを携帯電話に変えなければならないほどの経費節減の必要性があったことを窺わせる証拠はないことに照らすと,本件回収は,Y代表が社長である自分のメールに即時に返信のメールを返さなかったことに立腹して行ったものであり,合理的な目的や必要性なく,感情的な理由から権限を濫用して行ったものであり,違法であると認められる。Yらの主張やY代表の供述は,上記説示したことに照らして,不合理であって採用できない。

ウ 損害等

Xは,本件回収後,それまでは貸与されていたスマートフォンを用いて簡易・迅速に行うことができていた社外でのメールの確認を,Y会社からノートパソコンとWi-Fiを借り受けなければすることができなくなった。また,ノートパソコンやWi-Fiを用いたメールの送受信は,スマートフォンに比べて操作性・利便性に劣るほか,貸出手続の関係で利用可能な時間帯等の制約もあることから,社内で早急にメールを確認するために早出をしたり,顧客等に対し事情を話してメールの返信等が遅れることがあることの了解をとったりするなど,本件回収前には必要のなかった負担を被った。

以上によれば,Xは,Y代表の感情的な理由によってされた本件回収によって,上記のような負担を強いられ,これによって精神的苦痛を被ったと認められる。もっとも,その一方で,本件回収によって明らかな業務上の支障は生じておらず,これら本件に顕れた諸事情を総合考慮すると,上記精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円が相当であると認められる。また,これと相当因果関係のある弁護士費用の額は3万円と認めるのが相当である。

エ Y代表及びY会社の責任

以上によれば,本件回収について,Y代表は,Xに対し,不法行為に基づき33万円及びこれに対する不法行為日である2017年10月25日から支払済みまで旧民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務がある。

また,Y代表は,Y会社の代表取締役であり,その職務として本件回収を命じたものであるから,Y会社は,Xに対し,会社法350条に基づき,Y代表と連帯して(不真正連帯),33万円及びこれに対する不法行為日である2017年10月25日から支払済みまで旧民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務がある。

<年俸制の仕組みについての判断がなされた>
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(2)本件賃金減額〔1〕の効力について

ア Y会社では,年俸制社員の人事考課のための査定面談を毎年1回,3月下旬か4月上旬頃に行い,原則として,給与改定を毎年5月に行っている。本件賃金減額〔1〕も,2019年4月3日に行われた人事考課のための14期の査定面談を踏まえて,2019年5月1日以降kの年俸(15期の年俸)の改定として行われたものと認められる。

イ Y会社の年俸決定権の有無ないし効力について
本件労働契約は,期間の定めのない労働契約として締結されており,賃金については年俸制がとられている。そして,本件就業規則14条は,年俸額は能力,実績,貢献度等を総合的に勘案し,社長決裁で決定するものと定めており,また,同29条は,年俸給与適用者の給与改定は原則として毎年5月に行うと定めている。また,運用として,上記アのとおり,人事考課のための査定面談が毎年3月下旬か4月上旬頃に行われている。なお,前記認定事実のとおり,Xの14期の年俸については,Y会社が13期の期初にXの受注目標額を8億円と設定し,これを前提に期末に13期の業績等に係る査定面談を行ったが,2018年5月の改定時に年俸の改定は行われず,年俸額は13期の年俸額のまま据え置かれた。
このような本件労働契約における年俸制の定めや,給与改定の運用状況に照らすと,本件労働契約においては,前年度の業績等の査定に基づきY会社が年俸額を改定するか否かを決定し,改定しない場合には次年度の年俸は前年度の年俸額と同額に据え置かれ,また,改定することにした場合には,Y会社から労働者に次年度の年俸額を提示し,労働者がこれに同意しなかった場合には,最終的には本件賃金規程14条及び29条に基づきY会社において相当な年俸額を決定する仕組みが採られていることが認められる。
この点に関し,Xは,本件賃金規程には年俸に関して一定の定めはあるものの,年俸額の決定に関する具体的な定めを欠いており,Y会社による恣意的な決定が可能となっている上,決定手続や賃金減額の限界,不服申立手続の定めを欠いており,他にこれらの点について具体的に定めたものもないから,本件賃金規程の年俸決定に関する定めは違法・無効であり,これに基づいてされた本件賃金減額〔1〕も違法・無効であると主張する。
しかしながら,期間の定めのない労働契約において当事者間に次年度の年俸額の合意が成立しなかった場合に,就業規則等に使用者に年俸額の決定権限を付与する旨の定めを置くこと自体は合理的であると認められ,それらの規定において年俸額決定のための手続や減額の限界,不服申立手続等が明示的に定められていなかったとしても,それだけで使用者に対する年俸額決定権限の付与が当然に無効になるとは解されない。もっとも,労働契約は,労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結又は変更すべきものであるから(労働契約法3条1項),年俸額決定のための合理的な手続を欠き,使用者が恣意的に年俸額を決定することができるような制度となっている場合には,就業規則等で定められた年俸額決定権限の使用者への付与は,合理的な労働条件とは認められず,無効になると解される(労働契約法7条)。
これを本件について見るに,前記認定事実のとおり,14期の年俸に関しては,13期の期初に受注目標額を設定し,期末に従業員に13期の個人業績に関するレポートを作成・提出させた上で,これらを基に13期の業績等に係る査定面談が行われており,年俸額決定のための相当な手続がされていることや,14期も13期の年俸額が据え置かれており,そのことについてXが異議を申し立てていなかったことに照らすと,Y会社においては年俸の決定において,相応の客観性・合理性のある手続をとる仕組みが採られていたことが窺われ,不合理な基準による査定がされていたことも窺われない。したがって,本件では,Y会社に最終的な年俸額決定権限を付与した本件賃金規程の定めが当然に無効であるとまでは認められないと解するのが相当である。

ウ 年俸決定権の濫用について
しかしながら,上記説示のとおり、Y会社における年俸の決定において、相応の客観性・合理性のある手続を履践する仕組みがとられていることから、Y会社に年俸決定権限を付与した本件賃金規程の定めが当然に無効であるとまでは認められないとしても、個々の労働者の年俸の決定における当該手続の具体的運用が、合理性・透明性を欠き、公正性・客観性に乏しい判断の下で行われていると認められるときは、Y会社は、その年俸決定権限を濫用したものというべく、そのような判断の下に行われた年俸の決定は、違法、無効であるというべきである。これをXの15期の年俸の改定についてみると、Y会社においては、前記認定事実のとおり,本件賃金減額〔1〕がされた15期の年俸の改定の際には,Y会社は,そもそも期初に業績評価の基準とされるべきXの受注目標を設定しておらず,また,査定面談においては,Xがあらかじめ提出していた資料に記載していた14期の個人業績に関し,一方的にXの業績とは認められないと告げる一方,その理由や根拠については具体的に説明せず,さらに,Xが2019年5月10日にP7部長から本件賃金減額〔1〕及び本件降格を告げられた際,年俸の減額は受け入れられないと明確に異議を述べたにもかかわらず,その後にXから意見を聴取することも,本件減額〔1〕等の理由について具体的に説明することもしなかった。
以上のとおり,Y会社は,本件賃金減額〔1〕の際に,期初における受注目標の設定という業績査定の客観性を担保するための措置をとらず,査定面談ではXが申告した業績について合理的な根拠に基づいて評価,査定したことを窺わせる説明を全くせず,さらに,XからY会社による次年度の年俸額決定について異議を述べられたにもかかわらず,これに一切取り合わなかったものであるから,Y会社は,合理性・透明性に欠ける手続で,公正性・客観性に乏しい判断の下で,年俸額決定権限を濫用してXの15期の年俸を決定したものといわざるを得ない。したがって,本件賃金減額〔1〕は,Y会社がその与えられた年俸額決定権限を濫用して行ったものと認められるから,違法,無効である
この点,Yは,合理的で公正な評価制度の下,Xの業績等を評価し,その結果,Xが13期,14期と報・連・相などの社内調整能力を発揮せず,目標達成率も最低ランクであって,業績が極めて悪かったという評価になったことから,Xの職務等級をL職位・2等級に降格し,賃金については減額幅が過酷とならないような配慮をして職務給を月額4万円だけ減額したものであるから,本件賃金減額〔1〕が権利の濫用に当たらないことは明らかである旨を主張し,Y代表も,その本人尋問において,これに沿う供述をする。しかしながら,Yらは,Xの受注目標を設定した資料も,期中においてXの営業成績や勤務態度を評価し,これらに基づき注意・指導していたことを示す資料も提出していない。Y代表は,その本人尋問において,従業員の業績を評価するための目標管理シートがあると思う旨の供述をしているが,そのような資料の提出もしていない。また,Yら提出の証拠を検討しても,Y会社が査定面談やその他の機会において,Xに対し,Y会社によるXの業績等の評価の根拠について説明した形跡は窺われず,Y代表が,その本人尋問において,Xの14期の業績を評価した際の基準や手続について質問された際も,これらについて具体的に説明することはできなかった。
以上のとおり,Y会社が本件賃金減額〔1〕をするに当たって,合理的で公正な評価や手続を履践したことを認めるに足りる証拠はなく,これらの事実があったことを前提とするYらの主張は採用できない。

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