2023年1月11日水曜日

学校法人早稲田大学事件・東京地判R4.5.12・ジャーナル129-48

書類選考不通過理由説明義務違反(不法行為)の不成立

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(1)労働契約締結過程における信義則上の義務について

本件公募は、アジア太平洋研究科の研究科専任教員採用人事内規に則り、〔1〕応募者から自薦書、履歴書、教育研究業績リスト等を提出してもらい、〔2〕審査委員会において、応募者の中から採用条件を充たしている者を選び出した上で、その中から、募集分野と応募者の研究分野の適合、研究の質的水準、授業遂行の能力と意欲、研究科業務への適性、人格見識などについて精査して、原則として複数の候補者を選抜し、当該候補者を対象として面接審査及び模擬授業を行って採用予定者を1名に絞り込み、〔3〕人事研究科運営委員会において当該採用予定者の採否を決定し、〔4〕被告において、人事研究科運営委員会が承認した採用予定者との間で労働契約を締結することが予定されていたことが認められる。

原告は、本件公募に応募したが、書類選考の段階で不合格になった。原告と被告との間で、原告を専任教員として雇用することについての契約交渉が具体的に開始され、交渉が進展し、契約内容が具体化されるなど、契約締結段階に至ったとは認められないから、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くというべきである。

原告の主張は、原告が本件公募に応募したというだけで、信義則に基づき、被告に本件情報開示・説明義務が発生するというに等しく、採用することができない。

(3)個人情報の適正管理に関する義務について

職業安定法5条の4は、労働者の募集を行う者に対し、その業務に関し、募集に応じて求職者等の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用することを義務付けているが、求職者等に対する個人情報の開示に関しては、何ら規定していない。したがって、職業安定法5条の4は、本件情報開示・説明義務の法的根拠とはなり得ないというべきである。

個人情報保護法28条2項は、個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときには、遅滞なくこれを開示しなければならないと定めるとともに、同項2号において、個人情報取扱事業者が開示義務を負わない例外として、「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」を挙げている。そして、個人情報保護法における個人データとは、個人情報データベース等を構成する個人情報(特定の個人を識別することができる情報)をいい(個人情報保護法2条1項、6項)、個人情報データベース等とは、個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの、又は、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるものをいう(同条4項)。

原告が被告に対して開示を求めたとする別紙2記載の情報についてみると、同1記載の情報及び同4記載の情報のうち原告に言及がない部分が原告の個人情報に当たらないことは、明らかである。

また、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告に言及する部分は、原告を識別可能であることから原告の個人情報に該当するものがあるとしても、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、これらの情報が個人情報データベース等を構成していることをうかがわせる事情は何ら認められないから、個人情報保護法28条2項に基づく開示の対象となる保有個人データであるとは認められない。

さらに、仮に、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告に言及する部分が保有個人データに当たるとしてもこれらの情報を開示することは、個人情報保護法28条2項2号に該当するというべきである。すなわち、被告は、採用の自由を有しており、どのような者を雇い入れるか、どのような条件でこれを雇用するかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるところ、大学教員の採用選考に係る審査方法や審査内容を後に開示しなければならないとなると、選考過程における自由な議論を委縮させ、被告の採用の自由を損ない、被告の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがあるからである。したがって、被告は、個人情報保護法28条2項2号により、これらの情報を開示しないことができる

なお、厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室の平成17年3月付け「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針(解説)」は、「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当するとして非開示とすることが想定される保有個人データの開示については、あらかじめ、必要に応じて労働組合等と協議の上、その内容につき明確にしておくよう努めなければならないとしていたが(甲28の1、乙14)、これは、あくまでも努力義務を定めたものであって、上記協議をしていないからといって、使用者が、「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当する保有個人データを非開示とすることができなくなるわけではない。

以上によれば、職業安定法5条の4及び個人情報保護法は、いずれも、本件情報開示・説明義務の法的根拠にはなり得ないというべきである。

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契約交渉が具体化していたら、説明義務が発生する可能性があるか。

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